―やっと会えた、僕の大切な人―
「総ちゃん、支度は出来た?」
「はい、お母様。」
高級住宅街の一角に、沖田総司は両親と二人の姉とともに住んでいた。
「入学式の時間には遅れないようにしなくちゃね。総ちゃん、さぁ行きましょうか?」
「行ってらっしゃいませ、奥様、坊ちゃま。」
母に連れられ、総司はリムジンに乗り込み、学習院初等部へと向かった。
皇族の方や旧華族の末裔など、おもに上流階級の子息・子女が通う名門校にも、財閥の御曹司である総司も入学する事になった。
しかしそれは母・房江による一方的な押しつけであり、総司自身が望んだことではなかった。
「総ちゃん、今日からしっかりお勉強して、立派な大人になるのよ。あなたはいずれ、沖田家を継ぐ人間なんだからね。」
「はい、お母様。」
房江の機嫌を損ねぬよう、総司はそう言って彼女に笑顔を見せた。
総司が学習院初等部に入学してから数日が経ち、彼はクラスメイトから陰湿な嫌がらせを受け始めた。
それは単純に自分達と外見が違う彼の容姿をからかうものであったが、やがて教科書に落書きされたり、物を隠されたりといった陰湿なものへと変わっていった。
「あ、ガイジンだ。」
「ガイジンが来てる。」
総司が教室に入ると、クラスの男子達がそう言って彼の事をはやし立てた。
学校に居る間、総司はじっと自分の席から一歩も動かず、ただひたすらクラスメイト達の嫌がらせに耐えていた。
やがて初等部から中等部へと上がった総司であったが、状況は全く初等部の頃から変わらなかった。
「沖田君、その髪は染めないのか?」
「いえ・・」
ある日の事、総司は地毛の銀髪の事を教師から咎められた。
「総ちゃん、あなたは何も心配する事はありませんからね。ちゃんと先生にも伝えておきましたからね。」
学校に出向いた房江が帰宅して自分に笑顔を見せると、総司は彼女を責めることができなくなった。
中学生になってからというもの、房江はこれまで以上に総司に完璧さを求めるようになっていた。
「総ちゃん、先週の模試、成績が下がってるじゃないの。これじゃぁ東大には行けないわよ。」
「申し訳ありません・・」
「あなたも何とか言ってやってくださいな。」
房江は夫・英治にそう話を振ったが、彼は家の事は妻に任せきりで、総司の成績について何も言わなかった。
総司は毎日進学塾に通い、週末はピアノやヴァイオリンの稽古に追われ、身体を休める時間がなかった。
学校でも、クラスメイト達から陰湿ないじめを受けても教師には相談できずに、ストレスを抱えたまま受験の年を迎えた。
そんな中、総司の心は限界を迎えた。
いつものように授業を受けていた時、彼は急に息苦しくなって深く息を吐こうとしたが、ますます苦しくなるばかりで、気を失ってしまった。
「総ちゃん、ママがついているからね。」
入院先の病室で、総司は自分の手を握る房江を睨みつけた。
「母さん、もう僕高等部には行かないよ。」
「そう。あなたが決めたのなら、ママは反対しないわ。」
退院後、総司は志望校を自分で決め受験勉強に励み、見事合格した。
誰も知り合いが居ない新しい学校で、総司は期待と不安に胸を膨らませながら高校の門をくぐった。
教室に入って担任の教師を待っていると、1人の女性が教室に入って来た。
「今日から皆さんの担任を務める土方歳三です。どうぞ宜しくお願い致します。」
教壇に立っている彼女の顔を見た瞬間、総司の全身に電流が走ったかのようなショックを受けた。
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