「なんかさぁ~、あの沖田って奴、ウザくない?」
「そうそう、いちいち文句言ってさぁ。」
「それに岡崎って奴もさぁ、ネチネチ注意してばかりで、まるで意地悪な姑みたい!」
「うちらは腰掛けでするんだから、別に覚えなくてもいいじゃんねぇ?」
「そうそう、イケメンドクターゲットする為に婚活してんだからぁ~」
カフェテリアで愚痴を吐いている実習生達の姿を見つけた総司と千尋は、鬼のような形相を浮かべながら彼女達の元に現れた。
「君達がそういうつもりで実習に来てるとは知らなかったよ。」
「お、沖田先輩・・」
「あの、これは・・」
「今の会話、全部録音したから。もう君達、来なくていいよ。」
総司は氷のような冷たい視線を彼女達に送ると、ICレコーダーを取り出した。
「あの、どういう意味ですか?」
「言葉通りだよ。君たちみたいに遊び半分で職場に来て貰ったら迷惑なんだよね。いい、この病院の看護師として働いている限り、患者さんからはこの病院のマイナスイメージが君達の所為で植えつけられるんだよ?」
「でも、わたしたちは実習生で・・」
「そんなもん、関係ないんだよ。大体君達、研修医の先生に色々とおかしなことを吹き込んでたようだけど?」
「仕事を教えてくれないって・・それはあなた達がいつまでたっても指示に従わず、独断でしてミスをするからでしょう?実習に出るのなら、ある程度の知識と技術がある筈ですが?」
「だってえ、難しくて・・」
「難しいだと?あのな、お前らが今いる場所は本物の病院なの。幼稚園のお医者さんごっことはわけが違うんだよ!」
彼女達の身勝手すぎる言い分にいい加減腹が立った千尋は、そう大声で怒鳴りつけると、一人が泣いた。
「まぁまぁ、そんなにいじめなくても・・」
「はぁ、何言ってんの?俺達はこいつらに注意しただけ。あんたもさぁ、いつまで経っても点滴上手く打てないだろ!しかも巡回中あくびばっかりしてんなよ!」
二人と実習生達との間に割って入った岡村に対して、千尋がそう彼に怒鳴ると彼は顔を真っ赤にしてモゴモゴと何かを言った。
「なに、言いたい事あるならはっきり言え!」
「・・それ、看護師の仕事だから・・」
「そんな意識で実習に来たんなら、てめぇも辞めちまえ!」
いつの間にか騒がしかったカフェテリアは水を打ったかのように静まり返り、実習生の啜り泣く声だけが聞こえた。
「あの、ちょっといいですか?」
「何?」
千尋がそう言って実習生の一人を見ると、“松村”というネームプレートを付けた彼女はさっと椅子から立ち上がった。
「先輩達のおっしゃることは、間違っていないと思います。わたし達、今まで不真面目な態度を取ってしまって、それが先輩達に不快な思いをさせたのなら、謝ります。」
「形だけの謝罪なら、何度でも出来るよ。それよりも、同じミスをしないこと。わかった?」
「はい。」
「じゃぁ僕達はこれで失礼するよ。行こうか、千尋ちゃん?」
「はい。」
総司と千尋がカフェテリアを後にしようとした時、啜り泣いていた実習生がいきなり椅子から立ち上がってこう叫んだ。
「こんなの不公平よ、何であたし達が怒られなきゃいけないの!」
「ちょっと、やめなよ。」
「そうよ、先輩達の話、聞いてなかったの?」
「だって一方的に怒られただけじゃん。」
「君、名前は?」
総司はくるりと実習生の方を振り向くと、彼女の前に立った。
「野々下といいます。あの、幼稚園から高校まで学芸会の主役を務めて・・」
「あのさぁ、君さっき“不公平”だって言ったよね?僕達は理路整然とどうして僕達が君達を怒るのか、説明して怒ったでしょう?その話を聞いてたの?」
「聞いてましたけど、納得できません!」
「如何して納得できないの?ミスをしたら謝る、それが社会人としての基本だよ。」
「でも、ちゃんとやってるのに・・」
「ちゃんとやってるって言われてもね、君達の仕事ぶりを毎日チェックしてると、カルテの誤字脱字や点滴を打つ際のケアレスミスが多いよ。君、それをちゃんと自覚してるの?それとも、自分達が理不尽な目に遭って嫌だって思ってる?」
総司の言葉に、野々下は俯いて何も言わない。
「この事は看護師長と、あなた方が在籍する看護専門学校に報告いたします。ただ謝ってはい終わりという訳にはいきませんので。」
千尋がそう彼女達に言い放って総司と共にカフェテリアから出て行くと、背後で彼女達の悲鳴が聞こえた。
「そうと決めたら即行動だね。」
「ええ。」
ナースステーションへと戻った二人は、看護師長にカフェテリアでの一件の事、その上実習生達の目に余る態度を報告した。
「わかりました。この病院に毎年来ているあの学校の実習生達はいい仕事ぶりをしていると評判だったけれど、今年度の実習生達がそんなに酷いとは思いもしませんでした。彼女達にこれ以上居て貰っては、病院のイメージダウンに繋がります。学校側からはわたしが説明します。」
二人の話を聞いた看護師長はそう言うと、学校へと連絡を入れた。
翌週、千尋と総司が出勤すると、同僚の看護師である三村が彼らの方へと駆け寄ってきた。
「実習生達、実習打ち切られたって本当なの?」
「ええ。余りにも態度が酷いので、看護師長に抗議しました。」
「まぁ、打ち切られて当然だけどね、あの子達。でももし親御さんたちが怒鳴りこんできたらどうするの?」
「あの子達は幼稚園児ではなく、善悪の判断がつける大人です。親に泣きごとを言わないでしょう。」
三村の言葉を千尋は一蹴した。
「石岡さん、入りますよ~?」
千尋が守の様子を見に病室に入ると、彼は剃刀で手首を切って力なくベッドに横たわっていた。
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