アンヌが異端審問所へと向かうと、そこにはリューイの姿があった。
「おやおや、誰かと思ったら・・」
「今回もわたしを陥れようとしているのかしら?だとしたら無駄なことよ。」
「それはわたしが決める事ではないよ、アンヌ。異端審問官が決める事だ。」
リューイが何処か勝ち誇ったかのような笑みを浮かべるのを見たアンヌは、骨の髄まで凍るような寒さを感じた。
「わざわざこちらにご足労いただき、ありがとうございますアンヌ様。」
「お願い、何があったかわたしに納得できるように説明してくださらない?」
「実はスペインから、このようなものが届いたのです。」
異端審問官・ロベスは、そう言うとアンヌの前に一枚の封筒を差し出した。
「これは?」
「セビリヤの異端審問所から届きました。そこにはあなたが不義密通の罪と、ユグノー達を秘匿(ひとく)した罪で告発すると書かれています。」
「不義密通の罪ならば、あれは陛下の誤解だとわかったでしょう?なのになぜまた蒸し返すの?」
「それは・・」
「あなたが、フランスを裏切る行為をしたかどうかを調べる為です、アンヌ様。」
錆かけた鉄の扉が軋んだ音を立てて開き、切れ長の目をした痩せた男が入って来た。
「あなたは?」
「初めまして、アンヌ様。わたしはアリスティド=ノワールと申します。」
「・・どうやらわたしをすぐには家には帰してはいただけないようね?」
そう言ったアンヌは、寂しげな笑みを口元に浮かべた。
「そんな、お母様が異端審問所に呼び出されるなんて・・」
「奥様が、これをあなたに渡すようにと。」
ルイーゼから話を聞いたガブリエルが絶句すると、彼女はアンヌが持っていた鍵を彼女に手渡した。
「これは、お母様がいつも肌身離さず首から提げていたものだわ。」
「もし自分に万が一のことが起きた場合、これを持って逃げろと奥様が。」
「そう・・」
ガブリエルはルイーゼから鍵を受け取ると、それを首から提げた。
「ガブリエルお嬢様、きっと奥様は戻って来られますよ。」
「そうね。きっとお母様は帰って来るわ。」
ガブリエルはアンヌの無事を神に祈った。
(どうか、わたしから母を奪わないでください・・どうか、母を助けてください!)
「・・あの女、今度は無傷では済まされまい。」
「そうでしょうね。前回は有耶無耶にされましたが、今回の事件ではあの女の罪を裏付ける証拠がありますから。」
リューイは自室でワインを呑みながら、一人の男と話をしていた。
その男は、セビリヤの酒場でビアンカの侍女と会っていた者だった。
「父上、お呼びでしょうか?」
「ユリウス、来たか。」
リューイがそう言って息子を見ると、彼は父親の前に座っている男をキッと睨みつけた。
「お久しぶりでございます、ユリウス様。」
「レオナルド・・」
ユリウスから己の名を呼ばれた男は、琥珀色の双眸を輝かせながら彼を嬉しそうに見ると、さっと椅子から立ち上がった。
「またあなたにお会いできて光栄ですよ。」
「俺に気安く触るな。」
自分の手の甲に口付けようとする男を、ユリウスは邪険に突き飛ばした。
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Last updated
2013年05月18日 16時20分25秒
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