その手紙は、王太子妃・カトリーヌからのものだった。
「王太子妃様からのお手紙にはなんと?」
「ご懐妊されたそうよ。」
「長い間、不妊症に悩まされておりましたからねぇ・・」
「お祝いの品はどうすればいいかしら?まだご懐妊がわかったとしか書かれていないから、贈る時期には気をつけなくてはね。」
「ええ。妊娠初期は、流産しやすい時期だといいますし。それよりも、アレクサンドリーヌ様からまたお手紙が届きましたよ。」
「まぁ・・」
モリエールから妹の手紙を受け取ったアンヌは、彼女の妊娠の経過が順調であることが書かれていた。
「近いうちに、祝いの品を妹に贈ってあげないとね。」
「そうですね。産着を縫われては如何でしょう?」
「それはいいわね。性別が判らないから、色は緑か白にしようと思うの。」
「明日にでも生地屋を呼び寄せます。」
「お願い、頼むわね。」
アンヌは、いずれ産まれてくる甥や姪に想いを馳せながら、妹が無事出産を迎えられますようにと神に祈った。
「あらアンヌ、お久しぶりだこと。」
「ご無沙汰しております、王太子妃様。この度はご懐妊、おめでとうございます。」
「ありがとう。そういえば、あなたの妹も妊娠されたのですって?」
「ええ。経過は順調だそうです。」
「そう、それは良かったこと・・」
数日後、王太子妃・カトリーヌ主催の園遊会に招かれたアンヌが、そこで彼女に祝福の言葉を述べると、彼女は嬉しそうに微笑んだものの、その笑みには少し翳(かげ)りが見えた。
「王太子妃様、いつまでも風に当たってはお身体に障ります。」
「そうね。ではこれで失礼するわ。」
女官に付き添われながらカトリーヌが庭園を後にしようとした時、暴れ馬が突然彼女達の前に現れた。
「危ない!」
咄嗟にアンヌは暴れ馬の前に立ち、彼女達の盾となった。
女達の悲鳴と、男達の怒号が響く中、アンヌはカトリーヌが腹部を押さえて蹲る姿を見た。
「王太子妃様、どうなさいました!?」
「お腹が・・急に・・」
「ええい、早く医者を呼ばぬか!」
カトリーヌは暴れ馬に腹を蹴られずに済んだものの、暴れ馬が現れた時に激しく動揺し、その所為で流産してしまった。
「今回は・・非常に残念なことに・・」
「お願い、今は一人にして・・」
「はい。」
女官達がそそくさと部屋から出て行くと、カトリーヌは押し殺した声で泣いた。
スペイン王女としてフランス王家に嫁ぎ、結婚7年目にして漸く授かった命だった。
彼女はそっと、先ほどまで宿っていた下腹に手を当てた。
つい先ほどまで感じていた小さな鼓動は、もう聞こえなかった。
「王太子妃様、アンヌ様から贈り物がございます。」
「贈り物?」
数日後、床上げしたカトリーヌはアンヌから“贈り物”を受け取った。
「アンヌお嬢様、大変でございます!」
「どうしたの、そんなに大きな声を出して?」
「それが・・」
モリエールが次の言葉を継ごうとして口を開いた時、王太子妃付の女官がノックもせずに部屋に入って来た。
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