「壬生狼の奴らめ・・最近ますます調子に乗りおって!」
そう言って盃を乱暴に膳に叩きつけるようにして置いたのは、肥後の宮部だった。
「あやつらは人の生き血を啜る鬼の軍団じゃ!この前キリシタンを焼き殺した!」
「まさに鬼の所業じゃ!」
いきり立つ維新志士達の様子を、遠めで一人の少年が見ていた。
年の頃は17,8といったところか、黄金色の長い髪を高い位置に纏め、どこか醒めたような翡翠の双眸で彼らが激論を交わしているのを眺めていた。
「真紀、お前も何か言いたいことがあるだろう?」
「いえ、俺は何もありません。」
「宮部さん、あいつに意見を求めても無駄です。何たってあいつは・・」
「人斬りの俺には難しいことはとんとわかりませぬ故、これにて失礼仕る。」
男の言葉が言い終わらぬうちに、少年はさっと部屋から出て行った。
「なんじゃぁ、あいつは?相変わらず愛想がないのう。」
「気にすんな。桂さんの秘蔵っ子だからと、調子に乗りおるんじゃ。」
「桂さんもどうかしちょる。あんな女子のような華奢な身体で、人が斬れるとか。」
男達の陰口を背に受けながら、少年―宮下真紀は静かに廊下を歩きだした。
桂の傍仕えとして上洛して以来、あのような陰口の類にはもう慣れた。
真紀は遊女だった母と、英国軍人との間に生まれた混血児で、母は産後すぐに亡くなり、彼は遊郭で育てられた。
世間の混血児に対する視線は冷たく、真紀は廓の中ではぞんざいに扱われた。
それに耐えきれなくなって足抜けし、路上で野垂れ死にそうになっていた真紀を救ったのが、桂だった。
桂は真紀に和歌・書道と、剣術の手ほどきをし、自分の傍仕え兼護衛として何処に行くときでも彼を連れて歩いた。
異人との混血児を桂が連れて歩いている、という噂は瞬く間に広まり、高杉晋作などは物珍しに真紀を見ながら、こう言ったものだ。
「女みてぇな面して、刀が振るえるかねぇ。」
だが華奢な身体つきと、西洋の彫刻のような美しく整った顔立ちとは裏腹に、真紀の剣は容赦なく敵を討つ。
はじめは彼を軽んじていた高杉や周りの藩士達も、徐々に真紀の実力を認めつつあったが、容姿に対する陰口を叩かれるのは相変わらずだった。
だがそんなものは、真紀にとっては痛くも痒くもなかった。
桂の為ならば、どんなに手を汚そうとも、彼の為に働けるのならそれでいいと思っているのだった。
(会合が長引きそうだな・・外の風にでも当たるか。)
ちらりと真紀が維新志士達が籠る部屋を見た時、角を曲がって来た女中とぶつかった。
「すいまへん。」
「怪我はないか?」
「へぇ。」
コツン、と何かが床に落ちる音がして真紀がそこを見ると、そこにはロザリオが落ちていた。
「あ・・」
女中は一瞬気まずそうな顔をして慌ててロザリオを拾い上げようとしたが、真紀の方が早かった。
「これは、お主のか?」
「へぇ・・お武家様に、少しお願いがあるんどすけど・・」
「何だ、俺に願いとは?」
「うちに、剣の稽古をつけさせてはもらえまへんやろうか?」
「女の細腕で刀を握れるほど、剣の道は甘くはない。女に剣術など合わぬ。諦めよ。」
「お願いどす、仲間の仇を討ちたいんどす!」
真紀の言葉に一瞬落胆した表情を浮かべた女中だったが、いきなりそう彼に叫ぶと土下座した。
「頭を上げよ。そなた、名は?俺は宮下真紀と申す。」
「あいり、と申します。」
「ではあいりとやら、俺について来い。」
あいりが戸惑いながらも真紀の後をついて行くと、そこには剣術の稽古場のようなものがあった。
「まずはこの木刀を握ってみよ。」
「へ、へぇ・・」
あいりは真紀から木刀を手渡されたが、余りにも重いのでそのままつんのめりそうになった。
「そのような有様では、刀は握れぬ。まずはその重みに慣れる事だな。」
「へぇ。」
こうしてあいりは、真紀から剣術の手ほどきを受けることとなった。
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