一方、日本に戻った椰娜は、志乃に教坊で聞いたことを話した。
「そうかぁ・・オロシヤに行くつもりはあるんか?」
「まだ迷ってます。鍛錬の途中で投げ出すのは嫌どすさかい・・」
「そやなぁ。まだ衿替えして間もないのにやめますいうんは、身勝手やと思うわ。すぐに答えは出ぇへんやろうから、じっくりと考えよし。」
「ほな、うちはもう休みます。」
「長旅で疲れたやろうから、ゆっくりお休み。」
自分の部屋に入った椰娜は、着物から浴衣に着替えると、布団に包まって寝た。
突然の実の父の登場と、彼が自分を引き取って育てたいと言われて、椰娜はまだ心の整理がつかないでいた。
今までベクニョ達に育てられ、彼らを“家族”だと思っていた椰娜は、ニコライが自分の父親だという実感がいまいち湧かないのだ。
(深く悩んだら、答えは出るんやろうか?)
そう思いながら、椰娜は溜息を吐いてゆっくりと目を閉じた。
次第に、眠気が襲ってきた。
「おはようございます。」
「おはようさん。ゆなちゃん、何だか今日は可愛いなぁ。」
「そうどすか?」
翌朝、椰娜が茶道の稽古に向かうと、馴染みの料亭の店主から声を掛けられた。
ゆっくりと休んだお蔭なのか、疲れが取れたようだ。
それに、ニコライとのことばかり考えても居られない。
自分には、まだやることがあるのだから。
「お師匠さん、今日もお頼み申します。」
「ゆなちゃん、いらっしゃい。」
茶道の稽古を椰娜が受けた後、椰娜は宮川町の舞妓に呼ばれた。
「何どすやろか、お姉さん方?」
「あんたか、ここに入ってから1年も経たんうちに衿替えしたっていう舞妓は?」
そう言って椰娜に詰め寄って来たのは、名妓と名高い宮川町の雪乃だった。
「そうどすけど・・あのぅ・・」
「あんたみたいな掟破りな子、迷惑やわ。さっさとオロシヤでも何処でも行ってくれへん?」
大袈裟な溜息とともに、雪乃は言いたいことだけ言って仲間の芸妓達とともに茶室から出て行ってしまった。
自分がロシアに行こうかどうか迷っていると話したのは、志乃だけだ。
一体何処で話が漏れたのだろうか。
まさか、志乃が漏らすことはないだろう。
彼女は口が堅い事で知られ、置屋の女将という仕事柄、客の秘密などを口外する事は絶対にしない人だ。
だとしたら誰が、自分のロシア行きを雪乃に話したのだろうか。
気分が沈んだまま椰娜が花見小路を歩いていると、誰かが自分を尾行していることに気づいた。
足早に置屋へと入った椰娜が息を切らしているのを見た志乃は、椰娜が何処か怯えたような顔をしていることに気づいた。
「どないしたん、ゆなちゃん?」
「さっき人がうちの後を尾けてきはって・・」
「そうか。さてと、うちの部屋に来よし。」
「へぇ。」
志乃から水を受け取った椰娜は、それを一口飲むと、彼女に茶道の稽古場で雪乃に言われたことを話した。
「おかあさんのこと、うちは信じてます。」
「誰が、あんたのことを話したのか、気になるなぁ。」
「へぇ・・」
椰娜と志乃は、揃って溜息を吐いた。
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Last updated
2013年09月04日 09時29分20秒
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