翌日、吉田議員は金沢市内の病院を退院した。
「退院おめでとうございます、先生。」
「ありがとう、浅田君。」
病院に勤めている医師や看護師から花束を受け取った吉田は、そう言うと浅田に微笑んだ。
「千尋、お前も来てくれたのか。」
「はい、先生。」
「じゃぁ、行こうか。」
「はい。」
自分に向かって差し出された吉田の手を、千尋はしっかりと握った。
「父さん、これから何処に行くの?」
「K町だ。わたしが千尋を引き取ると決めた以上、千尋の養母に一言ご挨拶をしないとね。」
「そう・・」
三週間振りに美鶴楼を訪れた吉田を見て、恵子は素っ頓狂な叫び声を上げた。
「あらぁ先生、お久しぶりでございます!」
「久しいね、女将。少し話をしたいことがあるんだが、今いいかな?」
「ええ。奥の座敷が空いていますから、どうぞこちらへ。」
数分後、恵子に連れられた千尋達は、奥の座敷に入った。
「お話って何ですか、先生?」
「女将ももう知っているとは思うが・・千尋はわたしの娘だ。」
「ええ、存じておりますとも。それで、先生が千尋を引き取りたいとおっしゃるのなら、あたしは反対しませんよ。」
恵子はそう言って座布団の上に座ると、吉田に一枚の書類を見せた。
「それは?」
「養子離縁届です。今日、役所にこれを出そうと思っています。」
「女将、今までお世話になりました。」
千尋はそう言った後、恵子に向かって深く頭を垂れた。
「幸せにおなり、千尋。」
恵子はさっと座布団から立ち上がると、千尋を抱き締めた。
「吉田先生の子になるのかい・・何だか寂しいねぇ。」
「おばあちゃん、いつまでも元気でね。」
千尋が吉田と共に東京へ発つ前日の夜、美鶴楼で千尋の送別会が開かれた。
そこには千代松をはじめとする芸者衆や、千尋を贔屓にしてくださっていたお客様などが出席していた。
「あんたが居なくなると寂しくなるねぇ。東京でもしっかりとおやりよ。」
「わかりました、千代松姐さん。姐さん達もお元気で。」
「千尋ちゃん、これやるよ。」
千代松はそう言うと、千尋の掌の上に何かを載せた。
それは、千代松が大事にしているというダイヤのネックレスだった。
「これ、貰ってもいいんですか?」
「いいに決まっているじゃないか。女の友情の証だと思って、受け取っておくれよ。」
「ありがとうございます、姐さん。」
「もし辛いことや苦しいことがあったら、あたしの事を思い出しておくれ。」
「はい・・」
翌朝、千尋は恵子とタキに玄関先で見送られながら、自宅マンションの部屋を後にした。
吉田が待つ駅前まで千尋はスーツケースをひいて商店街の中を歩いた。
日曜の昼間だというのに、商店街には人気がなく、ガランとしていた。
17年間も暮らしてきた故郷を離れると思うと、千尋は自然と涙が出て来た。
「千尋ちゃん、待った?」
「いいえ、今来たところです。」
駅前で浅田と落ち合った千尋は、彼とともに吉田を乗せた車が来るのを待った。
数分後、吉田を乗せた黒いリムジンが二人の前に停まった。
「千尋、待たせたね。」
リムジンから降りた吉田は、そう言うと千尋に微笑んだ。
「それじゃぁ、行こうか?」
「はい・・」
ライン素材提供:White Board様
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