夏の洞爺湖は、観光客で溢れ返っていた。
「東京と違って、北海道の夏は快適だなぁ。」
「ああ、そうだな。」
売店で買ったソフトクリームを舐めながら、歳三は勇とともに千尋を目撃したという旅館『漁火(いさりび)』の従業員・西田清美に会いに行った。
「あなたが目撃した人は、この人で間違いないですか?」
「はい、間違いありません。」
歳三から千尋の写真を見せられた清美は、そう言うと千尋を目撃した日のことを歳三達に話した。
「あの日は、丁度花火大会があって、フロントには沢山のお客様がいらっしゃいました。その中で、ボストンバッグを抱えていらしたこのお客様が、フロントにあるあちらのソファに座っていました。」
湖が見えるソファに座っていた千尋は、暫くするとホテルから出て行ったという。
「その後、彼女の姿を見ましたか?」
「いいえ。ただ、何処か追い詰められたような顔をしておりました。」
「そうですか・・お忙しい中、我々に付き合ってくださり有難うございました。」
「警察に協力するのは、市民の義務ですから。」
その日歳三達は、『漁火』に泊まることになった。
「なぁトシ、荻野千尋はここを出て何処に向かったと思う?」
「さぁ・・荻野千尋が消えたのは、観光客でごった返す花火大会があった日の夜だ。人混みの中で自分が消えても、誰も怪しまない・・」
「どうして彼女は病院から逃げたんだろうな?」
「それは今から調べる。それが俺達の仕事だ。」
歳三はそう言うと、短くなった煙草の吸殻を灰皿に押し付けた。
「土方さん、近藤さん!」
「原田、わざわざ呼び出しちまって済まねぇな。」
「いや、俺もこれから荻野千尋の捜索を始めようとしていたところだったんだ。」
翌朝、歳三と近藤は原田と『漁火』のロビーで落ち合った。
「原田君、今回の事件について君が思った事を我々に聞かせてくれ。」
「吉田律子を殺したのは、吉田拓人じゃなくて荻野千尋だと、二人はそうにらんでいるんだな?」
「ああ。荻野千尋が病院から失踪したのは、義理の母親を殺したのは自分だと俺達が気づいたからに違いない。」
「そうか・・そしたら、もう彼女はこの町には居ないかもしれねぇな。」
「だとしたら、一体何処に彼女は消えたんだ?」
「彼女は妊娠中だ、そう遠くには行っていないことを願おう。」
歳三達の読みは外れ、北海道を出た千尋は、東京に戻っていた。
彼女は自分の全財産が詰まったボストンバッグを肩に提げながら、雑踏の中を歩いていた。
疲れを感じた千尋は、バス停のベンチに腰を下ろすと、バッグの中から財布を取り出した。
財布には、まだ遠くに行けるまでの交通費がある。
そしてボストンバッグの底には、律子の部屋の金庫から盗んだ吉田の裏金が詰まった封筒が入っている。
逃げなくては、もっと遠くに逃げなくては―千尋はゆっくりとベンチから立ち上がると、再び歩き出した。
「吉田家の金庫から、五千万の現金が消えていた?それは確かなのか?」
「ええ・・ですが吉田議員は、被害届を出していないようです。」
「五千万もの大金が消えているのに、それを警察に届け出ないってことは・・何かヤバい金ってことか。」
「裏金だな。」
歳三はコーヒーを一口飲むと、吉田律子殺害事件の資料に再度目を通した。
(やっぱり、この事件には何か裏がある・・)
にほんブログ村