「土方先生、一体どういうことなんですか?」
「俺が琴子に離婚を切り出したのは、あいつが実家から帰って来てからすぐのことだ。もうあいつと暮らすのが限界だったんだ。」
「でも、奥さんは土方先生と離婚したくなかった・・だから、美砂ちゃんを人質に取って、先生の帰りを待っていたんですね。」
「ああ。俺の家庭の問題なのに、お前を巻き込んでしまってすまない。」
「謝らないでください、土方先生。美砂ちゃんを病院に連れて行ってよかったです。あと少し遅ければ死ぬところでした。」
「そんなに、美砂の状態は酷いのか?」
「ええ。お医者様によると、極度の栄養失調で、食事も満足に与えられていないと・・」
「俺の所為だ。俺がもっと早く琴子と別れていれば、こんなことには・・」
歳三がそう言って唇を噛み締めると、そこへ美砂を保護した警官とマンションの管理人がやって来た。
「じゃぁ、僕はこれで失礼します。」
千尋はそう言って歳三に向かって頭を下げると、そのまま病院を後にした。
翌朝、千尋がリビングで朝食のトーストを齧っていると、テレビのニュースで琴子が児童虐待の容疑で逮捕されたことを知った。
『警察の調べによりますと、琴子容疑者は娘の美砂ちゃんに母乳を与えず、奥の部屋に閉じ込めていたと・・』
「この人、土方先生の奥さんでしょう?我が子に対して何でこんなひどいことをするのかしら?」
育子はそう言うと、リモコンでテレビのスイッチを切った。
「母さん、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
自転車で千尋が学校に向かうと、校門の前に大勢の報道陣が誰かを待っていた。
「ねぇ、あなたここの学校の生徒さん?」
記者の一人が千尋の姿に気付き、彼にマイクを向けた。
千尋が記者を無視して学校の中に入ると、警備員がすかさず校門を閉めた。
「千尋、さっきマスコミに取り囲まれていただろう?大丈夫だったか?」
「うん。平助は?」
「俺はちょっと早い時間に登校したからマスコミに絡まれずに済んだけど、土方先生の奥さんが起こした事件の所為で、職員室の電話が鳴りやまなくて仕事にならないって、先生たちがぼやいていたよ。」
「そう・・」
朝のHRの時間になり、教室に入ってきたのは新任の男性教師だった。
「土方先生は、どうしたんですか?」
「土方先生は暫くの間、自宅で謹慎することになりました。」
「事件の所為ですか?」
「それは生徒集会でお話します。なおこの時間は自習としますから、時間内に課題のプリントを解いておくように。」
男性教師は課題のプリントを生徒達に配ると、そそくさと教室から出て行った。
「土方先生が自宅謹慎って、どういうことだよ?」
「だってさぁ、奥さんがあんな事件起こしておいて、平気で学校に顔を出せるわけがないじゃん?」
「それもそうだけどさぁ・・子供は助かったんだし、土方先生は何も悪くないじゃん。」
千尋達は、課題のプリントをこなしながら歳三の身を案じた。
一方歳三は、自宅マンションの部屋で散らかったリビングの片づけをしていた。
ごみ袋を両手に抱えながら、歳三がエレベーターに乗り込むと、丁度同じ階の住人と乗り合わせた。
「おはようございます。」
「おはようございます。」
その住人は歳三の挨拶に対して普通に返してくれたが、彼と目を合わさなかった。
歳三がごみを捨てている間、エントランスの近くで立ち話をしている数人の主婦たちがちらちらと歳三に向かって時折嫌な視線を投げかけていた。
にほんブログ村