「取り敢えず、お前宛に届いた荷物を後で見せてくれ。」
「わかりました。」
歳三が千尋の部屋に入ると、トランクはベッドの上に置かれてあった。
「これがそうか?」
「はい。」
歳三は千尋の母親の形見の品であるブローチを箱から取り出し、何か細工が施されていないかどうかを調べた。
「どうしました?」
「何の細工も施されていないな。」
歳三がブローチを箱の中に戻そうとしたとき、彼は誤ってブローチを床に叩きつけてしまった。
「済まねぇ。」
「大丈夫です、傷はついていません。」
千尋がそう言ってブローチを拾い上げようとしたとき、床に指輪が転がっていることに気づいた。
「この指輪・・」
「先輩、この指輪を知っているんですか?」
「ああ、何処かで見たことがある。」
歳三はルビーの指輪を拾い上げると、その裏に彫られているイニシャルに気づいた。
『from N to T(NからTへ)』
そのイニシャルを見た途端、歳三の脳裏に母が死ぬ前日の光景が浮かんだ。
“この指輪は昔、あなたのお父様からプレゼントされたものなのよ。”
そう言って指輪を自分に見せる母の顔は、何処か嬉しそうだった。
“トシ、あなたが大きくなったら、好きな人にこの指輪をあげなさい。”
“僕、お母さん以外に好きな人なんていないよ!”
“あらあら、トシは甘えん坊さんね。”
そう言って自分の頭を優しく撫でてくれた母の手の感触を、歳三は未だに覚えている。
火事で母が亡くなり、一度も会ったことがなかった実の父親が自分を引き取りに来たのは、それから数日後の事だった。
「先輩?」
「この指輪は、俺の母親の形見だ。」
「先輩のお母様の形見の指輪が、どうして母のブローチの中に?」
「さぁな。だが、母さんは俺にいつか好きな人が出来たら、この指輪を渡せと言っていた。だから、この指輪はお前が預かっておいてくれ。」
「はい。」
夕食を取りに千尋と歳三が食堂へと向かおうとすると、急に周りが慌ただしくなった。
「どうした、何かあったのか?」
「先輩、皇太子様が急に士官学校を視察されるそうです。」
「皇太子様がここを視察するだと? こんな時間に一体どうして・・」
「そこを退いて貰おうか?」
玲瓏な声が二人の背後から聞こえ、歳三が振り向くと、そこには金髪碧眼の青年が立っていた。
その顔を見た歳三は、一度新聞で読んだ記事のことを思い出した。
その記事には、皇太子が役人の汚職を議会で追及したという内容だった。
「二人とも、皇太子様にご挨拶をしろ。」
「お初にお目にかかります、皇太子様。わたくしは・・」
「君が、わたしの従妹か。」
アルティス帝国皇太子・クリスチャンはそう言うと、千尋の前に跪き、彼女の手の甲に接吻した。
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