閣議が終わり、自室へと戻ったルドルフは、そのまま旅支度を始めた。
『殿下、本気なのですか?そのお身体でブタペストへ行かれるなど、正気ではありません!』
『黙れ、ゲオルグ。わたしはこの国の為になすべきことをなす。それだけだ。』
『ですが、殿下の御身に何かがあれば、この国の未来が左右されるのですよ!』
ゲオルグの言葉に、ルドルフの旅支度をする手が一瞬止まった。
『お前の言う通りだ、ゲオルグ。わたしの身に何かあれば、この国の未来を大きく左右し、下手すれば滅びるかもしれない。それでも、わたしはブタペストへ行かねばならない。』
『殿下・・』
『わたしは、王宮の中でふんぞり返って偉そうに部下に指示を出す皇太子にはなりたくない。国民と同じ目線で、この国の為に何をすべきか考えるようになりたいのだ。』
『殿下がそうおっしゃるのなら、わたしは止めません。わたしも、お供致します。』
『わたしには沢山侍従と従僕が仕えているが、お前はその誰よりも常にわたしの事を考えてくれているな、ゲオルグ。』
ルドルフから直接そう褒められ、ゲオルグは嬉しさのあまり涙を流した。
ハンガリーで暴動が起きてから数日後、皇太子ルドルフはブタペストへと赴いた。
風邪が治った環は、二週間ぶりに救護院を訪れた。
『タマキお姉ちゃん、会いたかった~!』
『みんな、元気そうでよかった。』
環がそう言って女の子達に駆け寄ると、彼女達は髪に飾ったリボンを揺らしながら環に抱きついた。
『わたしが贈ったリボン、気に入ってくれたのね?』
『タマキお姉ちゃん、風邪はもう大丈夫なの?』
『ええ。みんな、心配かけてごめんね。』
環が女の子達にそう言って微笑むと、彼女達と鶴を折ったりして遊んだ。
『皇太子様、今ブタペストにいらっしゃるんですって?』
『あそこ、今危ないんでしょう?』
『何か、ボードーが起きたって、母さん達が話していたわ。』
『これから、どうなるのかしら?』
環は女の子達と鶴を折りながら、ブタペストに居るルドルフに思いを馳せた。
一方ブタペストに滞在しているルドルフは、暴動が起きた時の状況を部下から報告を受けていた。
暴動の原因は、一人の男がオーストリア=ハンガリー帝国の国旗を燃やし、“マジャール万歳”と叫び、それに呼応した独立派の人間と、警官隊が揉み合いになったことだったという。
暴動から数日たっても、ブタペスト市内は未だ混乱しており、街ではマジャール系の男達がマジャール語で国歌を歌って徒党を組み、“独立まで断固戦う!”といった横断幕を掲げながら行進していた。
そんな中、統治者側であるオーストリア=ハンガリー帝国皇太子・ルドルフがブタペストに来たという知らせは、彼らの間に野火のように広がった。
『ルドルフ皇太子が今、ブタペストに居るらしい。』
『ルドルフ様が?』
『おい、“様”づけなどするな!あいつは、俺達を支配している憎い敵だ!』
『ルドルフを倒せ!』
不穏な空気が、ブタペストの街を静かに包み込みはじめた。
そんな中、ルドルフはハンガリーの大貴族から舞踏会に招待された。
こんな緊迫した状況の中、舞踏会を開くなどどうかしているとゲオルグは憤っていたが、こんな状況の中だからこそ憂さを晴らしたいのだろうとルドルフはそう思いながら、舞踏会に出席することを決めた。
外套を纏っていても、冷気がルドルフの身体を容赦なく刺した。
『殿下、大丈夫ですか?』
『ああ。途中で抜け出して帰って来るから問題ない。』
『お気をつけて行ってらっしゃいませ。』
『ゲオルグ、タマキにこの手紙を送ってくれ。』
『はい、承りました。』
ルドルフから手紙を受け取ったゲオルグは、彼の手が焼けるように熱いことに気づいた。
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