『タマキ、エルジィ様が貴方をお呼びよ。』
『解りました、すぐに参ります。』
翌日、環がエルジィの部屋へと向かうと、中から彼女の甲高い泣き声が聞こえて来た。
『おかあちゃまなんて大嫌い!』
『エルジィ、待ちなさい!』
ドアが開き、部屋から駈け出してくるエルジィを慌ててシュティファニーが追いかけようとした時、エルジィは環に抱き留められていた。
『エルジィ様、どうなさいましたか?』
『タマキ、来てくれたの?』
先程まで自分に対して駄々を捏ねていた娘が、環の顔を見た途端、笑顔を浮かべたのを見たシュティファニーは、彼に対して憎悪と嫉妬の感情が湧き上がるのを感じた。
『エルジィ、お部屋に戻りなさい、お母様の言う事が聞けないの!』
『やだぁ、タマキと一緒に遊ぶの!』
『いい加減にしなさい!』
エルジィが再び駄々を捏ね出したので、苛立ったシュティファニーは彼女の頬を平手で打った。
母親から打たれ、一瞬エルジィは驚愕の表情を浮かべた後、火がついたかのように泣き始めた。
『どうした、一体何の騒ぎだ?』
『あ、貴方・・』
ルドルフは環の腕に抱かれながら泣き叫ぶエルジィと、それに狼狽えるシュティファニーの姿を交互に見た後、愛娘に優しい口調で話しかけた。
『エルジィ、どうして泣いているのか、お父様に教えてご覧?』
『おかあちゃまが、わたしを打った!』
『シュティファニー、それは本当なのか?』
『だって、エルジィがわたくしの言う事を聞かないから、カッとなってつい・・』
『タマキ、エルジィを連れてわたしの部屋へ来い。』
『はい、解りました。』
『あの、貴方・・』
シュティファニーがルドルフの手を掴もうとすると、彼はその手を乱暴に振り払った。
『お前の弁解など、聞きたくない。』
彼の冷たい視線と態度に耐え切れず、シュティファニーはそのまま彼に背を向けて自分の部屋に引き籠った。
(どうして貴方は、あのタマキの事を愛していらっしゃるの?わたくしは、貴方の妻だというのに、貴方はわたくしを愛してくださらない!)
ルドルフの妻でありハプスブルク家の皇太子妃として、そしてベルギー王女としての誇りを夫から深く傷つけられ、シュティファニーはその日一日中寝室に籠ったまま出てこなかった。
一方、ルドルフはスイス宮の自室でエルジィにシュティファニーから叩かれた理由を聞き出した。
『おかあちゃまが、もうタマキのお家に行ったり、遊んだりしちゃ駄目だっていうの。』
『そうか、シュティファニーがそんな事をお前に言ったんだな。エルジィ、お前はどうしたいんだ?』
『タマキと一緒に遊びたい。だってタマキの事、大好きだもの。』
『そうか。』
愛娘の頭を優しく撫でながら、ルドルフはシュティファニーの精神状態が不安定になっていることに気づいた。
恐らくその原因は、自分と環の関係を彼女が知ってしまったからだろう。
だからといって、ルドルフは環と別れるつもりはなかった。
シュティファニーと結婚し、エルジィという後継者を残したのだ。
皇太子としての義務を果たしたのだから、ルドルフはもうシュティファニーを抱く事はない。
何故なら、シュティファニーは自分が性病を感染(うつ)してしまい、二度と子供が産めない身体になってしまったからだ。
彼女は最近自分へ当てつけるかのように、公の場で愛人とイチャついていると噂に聞いている。
いちいち女性関係について口煩く文句を言われるよりはマシだと思い、ルドルフは彼女の事を放っておいた。
すると、シュティファニーの事を聞いた皇帝がルドルフを自分の私室へと呼び出した。
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