環の葬儀は、横浜市内のカトリック教会で粛々と行われた。
葬儀の参列者は、環の顧客と、女学校時代の友人達、そして神谷一家だけだった。
家族や友人だけの葬儀にしたいという環の希望通りに喪主としてルドルフは葬儀を取り仕切った。
「ルドルフさん、貴方はもう休んで居て頂戴。」
「お義母様、喪主のわたしが席を外しては・・」
「貴方、今まで眠っていないじゃないの。余り無理をしてはいけないわ。」
「解りました。お義母様のお言葉に甘えさせて頂きます。」
ルドルフがそう言って育に頭を下げ、二階の寝室へと引き上げようとした時、ドアが誰かに激しくノックされる音が聞こえた。
「誰かしら、こんな遅くに?」
「わたしが出ます。」
ルドルフが玄関ホールへと出ると、そこには環の菊水女学校の同窓生であった楢崎富貴子の姿があった。
「おや、貴方が妻の弔問に来られるなど珍しいですね。」
「あら、来てはいけないのかしら?」
富貴子はそう言ってルドルフを睨んだ。
「いいえ。」
「環さん、あの根性だと長生きすると思っていたのに、こうもあっさりとお亡くなりになられたなんて信じられないわ。美人薄命というものは本当にあるのね。」
「富貴子さんは、その分長生きしてそうですね。お父様はご健在でいらっしゃいますか?」
客間に富貴子を通したルドルフは、彼女の嫌味を軽く聞き流し、チクリと棘を刺すように彼女に嫌味を返した。
富貴子の眦が微かにつり上がるのを見たルドルフは薄ら笑いを口元に浮かべながら、他の弔問客の方へと向かった。
「ルドルフさん、この度は御愁傷様でございました。」
「リンコさん、良く来てくださいました。」
「ルドルフさん、これからどうなさるおつもりなの?」
「さぁ、先の事はまだ考えておりません。妻の四十九日が明けたら、妻の故郷へ行くつもりです。」
「会津に?」
「ええ。タマキが亡くなる前、家族三人で会津を旅行しました。その時、妻はわたしにある頼み事をしたのです。その頼みを聞く為に、会津へ一人で行きます。」
「そうですか。」
四十九日が明け、ルドルフは環と、涼介、そして優駿の遺灰が入った骨壺を抱いて会津へと赴いた。
ルドルフは会津に着くと、猪苗代湖まで馬車で行った。
「少しここで待っていてくれないか?」
「かしこまりました。」
馬車から降りたルドルフは、猪苗代湖の変わらぬ姿を眺めながら、ボートを湖面に浮かべた。
「タマキ、約束通り来たよ。」
ルドルフは骨壺の蓋を開くと、ゆっくりと環達の遺灰を湖に撒いた。
“ルドルフ様、さようなら。”
環の優しい声が聞こえたような気がしてルドルフが振り向くと、そこには誰も居なかった。
ふと天を仰ぐと、雲の隙間から光が射していた。
その光の中に、天女のように羽衣を纏った環が静かに天へと昇ってゆく姿を、ルドルフははっきりと見た。
「お帰りなさい、お父様。」
「ただいま、菊。わたしが帰るまで、良い子にしていたかい?」
「ええ。」
環が亡くなり、ルドルフと菊は、親子二人で暮らした。
菊は環が亡くなってから寂しさで泣くばかりの日が続いたが、ルドルフの優しい愛情に包まれて悲しみから徐々に立ち直っていった。
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