―ねぇ、聞いたかい?
―沖田家の奥様が・・
歳三がマンションのごみ捨て場にごみを捨てに行くと、近所の主婦達が早くも沖田家の若夫婦の離婚話で盛り上がっていた。
狭い田舎町ではプライバシーなどなく、離婚など今時珍しくない事までを、まるで大事件のように大袈裟に騒ぎ立てる。
この町の人口が年々減っているのは少子化の所為だと住民達が皆口を揃えて言うが、その原因はこの町の閉鎖性にあると歳三は思っていた。
都会から憧れの田舎暮らしを夢見た一家が、次々とこの町から逃げるように去っていったのは、同調圧力と相互監視が当たり前の世界に嫌気がさしたのだろう。
「あら土方さん、おはようございます!」
「校外学習、楽しみですねぇ。うちの子、楽しみにしているんですよ。」
「そうですか・・」
「あら、もうこんな時間。」
「土方さん、またね。」
主婦達は井戸端会議を早々と切り上げ、ごみ捨て場から去っていった。
人付き合いが面倒なものだと気づいたのは、この田舎町に引っ越して来てからだった。
東京で暮らしていた頃は、他人の視線など気にする事など殆どなかった。
しかし、この町に引っ越して来てからは、やけに他人の視線が気になって仕方がなかった。
自分は気づかない内に、徐々にこの町に巣食っている毒に侵されてしまっているのだろうか―歳三はそんな事を思いながら、コーヒーを淹れた。
コーヒーを飲みながら新聞を読んでいると、スマートフォンが着信を告げた。
「もしもし・・」
『トシ、俺だ!』
「勝っちゃん、久しぶりだな!どうしたんだ、俺に電話してくるなんて珍しいじゃねぇか!」
『いやぁ、急にトシの声が聞きたくなってなぁ、あぁそうだ、来週末予定はあるか?』
「済まねぇ、今週末仕事なんだ。何かあるのか?」
『久御山で合宿する事になってなぁ、お前もどうかと思って誘ってみたんだが・・』
「久御山ねぇ・・実は、校外学習でそこに行く事になっているんだよ。」
『そうか、じゃぁ会うのが楽しみだな!』
「あぁそうだな。」
あっという間に週末を迎え、歳三は勇と久しぶりに久御山で会った。
「トシ、久しぶりだなぁ!」
「勝っちゃん、少し太ったか?」
「バレたか~!」
勇はそう言うと、屈託のない笑みを歳三に浮かべた。
「トシは随分と会わない内に痩せたな?」
「まぁな・・」
「教師は大変な仕事だからな。」
「トシ、お前は嘘を吐くと俺と目を合わせようとしないのは、“昔”と変わらない癖だな。」
「バレたか・・」
歳三はそう言うと、ボリボリと軽く頭を掻いた。
「なぁトシ、この後時間あるか?」
「あぁ。」
「じゃぁ今夜七時に、ここで待っている。」
勇はそう言うと、一枚のメモを握らせた。
そこには、“今夜七時、西棟のトレーラーハウスBで待ってろ。”と書かれていた。
「じゃぁ、またな。」
「あぁ。」
久御山の校外学習一日目の夜は、静かに過ぎた。
「真珠が居ないなんて、寂しいわね。」
「そうね。」
「ねぇ、真珠は今夜、誰に告白するつもりだったのかしら?」
「さぁね。」
「それにしても、土方先生はどこ?」
「知らないわ。」
真珠のクラスメイト達が部屋でそんな事を話している頃、当の本人はトレーラーハウスの中で勇と愛し合っていた。
「そんなに、ジロジロ見ねぇでくれ、恥ずかしい・・」
「なぁトシ、東京に戻る気はないのか?」
「戻る気はある・・あるが、今は戻れねぇ。総司を一人にはしておけねぇ。」
「そうか・・なぁトシ、“昔”は色々とお前に寂しい思いをさせたな。でもこれから、ずっと一緒だ。」
「あぁ・・」
愛する人の腕に抱かれながら、歳三は静かに目を閉じた。
何故か悲しい夢は、見なかった。
「じゃぁトシ、またな。」
「あぁ。」
キャンプ場の入り口で勇を見送った後、歳三がキャンプ場の中へと戻ると、丸山が何処か嬉しそうな顔をしながら彼の方へと駆け寄って来た。
「さっきの人、土方先生の恋人ですか?」
「いいえ、古い友人です。」
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