表紙素材は、
このはな様からお借りしました。
「黒執事」の二次小説です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
シエルが両性具有です、苦手な方はご注意ください。
「助けて・・」
少女は、苦しそうに呻きながら、シエルに向かって手を伸ばしたが、その手も酷く焼け爛れていた。
「シエル、諦めなさい。」
「でも・・」
「わたし達には、どうする事も出来ません。」
少女は、夜明け前に死んだ。
「シエル、いい加減泣き止みなさい。」
「でも・・」
「どんなに泣いても、死んだ人は戻って来ませんよ。」
セバスチャンはそう言うと、診療所の中へと戻っていってしまった。
あの少女は、生きていた。
それなのに、理不尽に命を奪われてしまった。
(これが、戦争なのか・・)
全ての人を、救う事は出来ない。
ならば、自分に出来る事をしよう。
シエルは涙を手の甲で乱暴に拭うと、診療所の中へと戻った。
「シエル、もう大丈夫なのですか?」
「あぁ。」
「もう皆さん落ち着いたようですし、わたし達も休みましょう。」
「お休み。」
シエルは泥のように眠った。
「おはようございます、シエル。」
「ん・・」
「朝ごはんが出来ましたよ。」
そう言ってセバスチャンに連れられて台所へと向かったシエルが見たものは、白米の小さな塩むすびだった。
「これは?」
「朝早くにお米の配給があったので、作ってみました。」
「頂きます・・」
その塩むすびは、美味しかった。
その日を境に、シエルは滅多な事では泣かなくなった。
死と常に隣り合わせの日々の中で、涙を流す時間すら惜しいと思ったからだ。
実際、空襲は連日あり、配給があった米は徐々にその量が減り、それに比例するかのように書籍や文房具類、医薬品などが不足していった。
「これが、一日分の食事です。」
ある日、そう言ってセバスチャンがシエルに渡したのは、十粒の大豆だった。
「そうか。」
「シエル、今日は大事な話があるので、早く帰って来てくださいね。」
「わかった。行って来ます。」
「行ってらっしゃい。」
セバスチャンは玄関先でシエルを笑顔で見送った後、診療所の中へと戻って行った。
事務机の上に置かれた手紙を見たセバスチャンは、それに目を通すと、火鉢の上に置いた。
それはたちまち灰となった。
(シエルには・・坊ちゃんには決してこの事は知られてはならない・・)
昼休み、シエルは朝セバスチャンから貰った十粒の大豆をハンカチの中から出し、一粒口に放り込んで良く噛んだ後、水を飲んで空腹を満たした。
「あ~、毎日空襲ばかりで嫌になる。」
「毎日寝不足になるわ。」
シエルが少し離れた所で女学生達が話しているのを聞いていると、郵便配達人が彼女達の元へとやって来た。
「佐伯静子さんですね?」
「あ、はい・・」
「お手紙が届いています。」
女学生達の一人が郵便配達人から一通の手紙を受け取った後、彼女は突然泣き崩れた。
「どうしたの?」
「彼が・・」
その手紙は、彼女の恋人の死を知らせるものだった。
「ただいま。」
「お帰りなさい、シエル。今日はご馳走ですよ。」
「ご馳走?」
シエルがセバスチャンと共に居間に入ると、そこには赤飯と野菜の味噌汁、そして鯛の塩焼きが食卓の上に並べられていた。
「どうしたんだ、これ?」
「知り合いの方が、調達して下さったのですよ。さぁ、冷めない内に頂きましょう。」
「あぁ・・」
シエルは、セバスチャンの様子が少しおかしい事に気づいた。
「頂きます。」
夕食の後、シエルはセバスチャンに呼ばれて彼の自室へと向かうと、彼は床に正座してシエルを待っていた。
「どうした、そんなにかしこまって?」
「シエル、わたしに赤紙が来ました。」
「赤紙・・」
「これを。」
セバスチャンがそう言ってシエルに手渡したのは、金の懐中時計だった。
「父の形見です。これをわたしだと思って、大切に・・」
「嫌だ!」
「坊ちゃん?」
「そんな言葉、お前はこれから死に行くと言っているようなものじゃないか!お前が、こんな物の代わりになるもんか!」
シエルはそう叫ぶと、セバスチャンに抱きついた。
「必ず生きて僕の元に帰って来い!僕を独りにするなんて、許さないからな!」
「あなたという方は、“昔から”わがままで、放っておけない方でしたが、それは“今でも”変わりませんね。」
セバスチャンはそう言うと、シエルの唇を塞いだ。
「必ず、生きてあなたの元へ帰ります。約束します。」
「あぁ。」
シエルとセバスチャンは、セバスチャンが出征する数日後まで、共に過ごした。
「シエル、もしわたしが死んだら、どうしますか?」
「お前の後を追って死んだりなんてしないぞ。」
「・・あなたなら、そう言うと思っていましたよ。」
セバスチャンの出征前夜、セバスチャンはそう言うとシエルを抱いた。
そして、セバスチャンが出征する日が来た。
彼を見送る為、地域の婦人会の女性達が千人針をセバスチャンに贈り、駅で立派な幟を振って盛大に彼を見送った。
「万歳!」
「万歳!」
セバスチャンは汽車に乗り込んだ後、シエルの姿を捜したが、シエルは何処にも居なかった。
シエルは、敢えて元気よく振る舞って、別れの涙を自分の前で流したくないから、ここに来ないのだろう―セバスチャンがそう思っていると、盛大に見送りする人々から少し離れたところで、自分を見つめるシエルとセバスチャンは目が合った。
『帰って来い。』
唇だけでそう自分に告げたシエルに、セバスチャンは微笑んだ。
(必ず、あなたの元に帰ります。だから、その日まで・・わたしが帰って来るまで、あなたもどうか死なないでください、シエル。)
汽車の汽笛が高らかに鳴り、汽車が静かにホームから離れ、やがてそれはトンネルの中へと消えていった。
(セバスチャン・・)
シエルは、そっとハンカチに包んだ懐中時計を握り締め、駅から去った。
診療所へと戻ろうとしたシエルは、その前に一人の男が立っている事に気づいた。
「おい、そこで何をしている?」
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