「アフロディーテ皇女様にバイエルンからつれて来られたの?わがままなあの方だから、毎日振り回されてたまらないでしょう。」
セリーヌはそう言って紅茶を飲んでユリウスに微笑んだ。
「ええ・・でもアフロディーテ様はしょっちゅうウィーンを留守になさいますし・・それほど大変ではありません。」
ユリウスはチーズケーキをフォークで刺しながら言った。
「そう・・でも大変ね、今度は皇太子様に振り回されて。」
ルドルフは少しムッとした表情を浮かべてチーズケーキをほおばった。
「僕はルドルフ様のお傍にいて毎日が楽しいですから。」
「エリーゼから聞いたのだけれど、あなた近々メルクへ行くんですってね?」
「はい、皇妃様の推薦で・・メルクで勉学に励もうと思いまして・・」
「そう。ゲオルグにもあなたの爪の垢を煎して飲ませてやりたいくらいだわ。あの子ったらしょっちゅう遊び回って・・」
「誰が遊び回っているというのですか、母上?」
ダイニングの入り口で声がして、ユリウス達は一斉に振り返った。
そこには背の高い、背中まである黒髪を一括りにした少年―もうじき青年になろうとしている―が立っていた。
「あらゲオルグ、帰ってたのね。紹介するわ、こちらはルドルフ皇太子様とそのお友達のユリウスよ。」
ゲオルグは母親と同じ蒼い瞳でルドルフを見た。
「初めまして、皇太子様。お目にかかれて光栄です。」
そう言ってゲオルグは腰を折ってルドルフに挨拶した。
「今あなたの話をしていたところよ、ゲオルグ。」
「また俺の悪口を言っていたのですか?」
「いいえ。」
「ゲオルグ兄様もこちらにいらっしゃらないこと?お義母様が焼いたチーズケーキがあってよ。」
エリーゼはそう言って異母兄を見た。
「皇太子様とお茶をするなんて機会は滅多にないから、ご一緒させていただこう。」
ゲオルグはエリーゼの隣に座り、紅茶を飲んだ。
「お姉様はこのことをお知りになったら、地団駄を踏んでいらっしゃるわね、きっと。」
「そうだな。あいつはいつも皇太子様の尻を追いかけて・・すいません、下品な物言いを。」
ゲオルグはそう言ってうつむいた。
「気にするな。ローザが僕の尻を追いかけ回すのは本当のことだからな。この前もユリウスとデメルでゆっくりしていこうと思ったときにあいつが邪魔をしていいムードがぶちこわしになった。」
ルドルフはため息を付いて紅茶を飲んだ。
「ユリウス、お前本当にメルクへ行くのか?」
「ええ、もう決まったことですし・・」
「・・お前も、僕を1人にするんだな。」
ルドルフはそう言って寂しそうな表情を一瞬浮かべると、また元の顔に戻った。
(ルドルフ様?)
ユリウスは心配そうな顔でルドルフを見た。
この時、ルドルフは密かにSOSの信号をユリウスに送っていた。
だがユリウスは気がつかなかった。
やがてそれが大きな事件に繋がるとも知らずに。
「ユリウス様、バイエルンではどんな暮らしをしていたんですの?」
エリーゼが目を輝かせながら言った。
「そうですね、牛の乳搾りや家畜の世話なんかをしたりして、学校と家の往復がほとんどで、一度も村の外に出たことがありませんでした。それに村には僕の居場所はあんまりありませんでしたし。」
「どうして?」
「僕の両親は3年前に流行病で亡くなって、幼なじみのクララの家で暮らしてました。アフロディーテ様と一緒にウィーンへ行くとき、彼女もついてきたんです。」
「そうなの・・ごめんなさいね、辛いことを思い出させてしまって。」
「いえ、いいんです。もう過去のことですから。」
ユリウスはそう言ってエリーゼに微笑んだ。
彼女は姉とは違い、人を傷つけるような言葉を無神経に吐かない。思いやりがあって慎み深い、まさに本物の貴族の令嬢である。
宮廷にいると己の爵位や財産、権力をちらつかせて威張ったり、高慢な態度をとったりする貴族を見かけたが、そんな者達はただの雑魚だ。
本物の貴族というものは、エリーゼやセリーヌのように慎み深く、思いやりがあり、常に謙虚な者だ。
でもそういった本物の貴族は消えつつある。
彼女たちのような貴族がいてくれたら、みんなが生きやすくなるのに・・ユリウスはそう思いながら紅茶を飲んだ。
シュタイナー公爵邸で優雅なティータイムを過ごしたユリウスとルドルフは、セリーヌとエリーゼに別れのキスをされて公爵邸を後にした。
「いい人達でしたね。」
「ああ。シュタイナー家の者はローザ以外思いやりがあって謙虚な者ばかりだ。あれこそが本物の貴族だ。」
2人がホーフブルクに戻ると、クララがユリウスに駆け寄り、皇妃が呼んでいると言ってユリウスの手を引っ張った。
「ユリウスを連れて参りました、皇妃様。」
「ご苦労だったわね、クララ。」
「では私はこれで。」
クララが部屋を出ていくと、部屋には皇妃とユリウスの2人きりとなった。
「ユリウス、あなたに話があるのよ、いいかしら?」
「はい。お話とはなんでしょうか?」
ユリウスの言葉を聞いて皇妃はため息を付いて、ソファに座った。
「メルクのことなんだけど、アフロディーテがイギリスの寄宿学校(パブリック・スクール)にあなたと一緒に行きたいというのよ。もしあなたがよければ、の話だけれど・・」
突然の話に、ユリウスはただ目を見開いて皇妃を見るしかなかった。
(僕が・・イギリスへ・・)
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