「陛下、失礼致します。」
皇帝の私室へと入ると、窓際に立っていたフランツが険しい視線をルドルフに送った。
「掛けなさい。」
「はい。」
ソファと向かい合わせに座ると、フランツは溜息を吐いた後、こうルドルフに告げた。
「突然だが、お前にはプラハに行って貰う。」
「わたしがウィーンに居ると不味いからですか?」
「聡いお前なら、言わなくても解るだろう。」
ルドルフの脳裡に、スイス宮で見た凄惨な光景が浮かんだ。
“あれ”は、自分が引き起こしたこと。
あの時、頭の中で突然声が聞こえて部屋を飛び出してから、血塗れのユリウスを見つけるまで、記憶がない。
一体自分はその間何をしたのか。
「父上、ひとつあなたにお聞きしたいことがあります。」
「何だ?」
「わたしは、人間ですか?」
ルドルフの問いに、フランツは唇を震わせた。
「何を言っている。当たり前だろう。」
「そうですか・・ではわたしはこれで失礼致します。」
ルドルフは安堵の表情を浮かべると、皇帝の私室から出て行こうとした。
「ルドルフ、まだ話は終わっていないぞ。プラハへ行く前に、ベルギーに向かって貰う。」
「ベルギーにですか?」
「ああ。」
父が何を言おうとしているのかが、もう解っていた。
成人してから、やがて試練が訪れると思っていた。
それが、来たのだと。
「解りました。」
皇太子である限り、世継ぎを儲けることは義務である。
それがたとえ、最愛の人を傷つけることになろうとも。
「ねぇフラン、聞いた? ルドルフ兄様がベルギーへ行くんですって!」
「ベルギーに? もしかして・・」
「その“もしかして”じゃないこと? 兄様も・・」
ヴァレリーとフランの会話を聞いていたユリウスは、胸が痛んだ。
(あの方が・・結婚される。)
ルドルフがベルギーへと向かう目的は、妻となる女性と会う為だ。
彼が成人を迎えてから、いつかルドルフが結婚する日が来るのだと思っていた。
(解っていた筈なのに、どうしてこんなにも胸が痛むのだろう?)
彼とは結ばれないのだと頭では解っているのに、心の奥底では彼を諦められない自分が居る。
(わたしは、何故彼を・・ルドルフ様を愛してしまったのだろう?)
報われぬ恋をして、その身を焦がして。
彼が決して自分のものにならぬというのに、彼が欲しくてもがいて、足掻いて。
ただひたすら、彼を愛している自分が、愚かでならなかった。
「ユリウス。」
ふと背後を振り向くと、ルドルフがユリウスを見ていた。
「ルドルフ様・・ベルギーに行かれるのですね?」
「ああ。だが結婚は形だけだ。わたしはお前に約束した、決してお前を離さないと。」
「ルドルフ様・・」
自分に、自分だけに向けられるルドルフの笑顔。
それが、誰か他の者に向けられると思うと、嫉妬で狂いそうだった。
「ユリウス?」
「離さないで、ください・・」
突然ユリウスに抱き締められたルドルフは、戸惑いながらもその華奢な背中を優しく擦った。
「離さないから・・大丈夫だ。」
ルドルフは涙を流すユリウスの頬をそっと撫でると、その唇を優しく塞いだ。
“これであなた様はわたしのものです、ルドルフ様。”
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