「頼みって何だ?」
「簡単な事よ。この子、妻子ある男と関係を持って妊娠してね。はじめは産む気があったんだけど、産みたくないって言いだすのよ。もうじき臨月なのに。」
千尋はそう言うと、歳三を見た。
「それで、俺にどうしろってんだ?」
「賢いあなただったら、わかるでしょう?」
つまり千尋は、少女の腹に宿る胎児を殺して欲しいと言っているのだ。
「そんな真似、出来る訳ねぇだろ。みさ、とか言ったな? お前はそれでいいのか?」
「あたし、産みたくない。」
少女はそう言って、歳三を見た。
「あのなぁ、自分の都合で今更産みたくねぇっつっても、もう中絶できる時期は過ぎてんだよ。後は産むしか選択肢はねぇ。」
「そんな・・だってあたし、バイトだけじゃ子ども食べさせられない。だったら殺す方が・・」
少女の安易な考え方に、歳三は少し苛立った。
彼女は子どもの命を何だと思っているのだろうか。
まだ10代後半と思しき彼女が、一人で子どもを育てる事は難しい。
「だったら、養子にでも出すんだな。親になる覚悟も資格もねぇお前よりも、子が欲しくても出来ない夫婦の子になった方が、幸せってもんだろ。」
歳三から厳しい言葉を投げつけられ、少女は俯いた。
「俺はな、魔法使いじゃねぇんだよ。てめぇの事はてめぇで解決しな。」
「まぁ、あなた、冷酷な人間になったのねぇ。まぁでも、あなたならそう言うと思ったわ。」
千尋はそう言ってくすりと笑うと、少女の肩を叩いた。
「みさちゃん、赤ちゃんの事は養子に出す方向で考えましょう。さぁ立って。」
千尋がそう促しても、少女は椅子から立ち上がろうとはしない。
何処か様子がおかしい。
「おい、どうした?」
歳三がそう言って少女に駆け寄ると、彼女は突然呻き声を上げた。
「痛い、痛い!」
見ると、彼女の足元に破水した羊水が濡れて水溜りを作っていることに気づいた。
「誰か救急車を!」
数分後、千尋と歳三は誠心会病院へと搬送される少女に付き添っていた。
「いや、産みたくない、産みたくない!」
「みさちゃん、落ち着いて!」
千尋がパニックに陥る少女を優しく宥めたが、彼女は四肢を痙攣させ、呻いた。
「一体どうなってやがる!」
「胎児の心音が下がっています。このままだと母子ともに危険です!」
「いつ到着するんだよ!」
誠心会病院までは目と鼻の先の距離であるのに、ちょうど帰宅ラッシュに嵌ってしまい、渋滞で身動きが取れずにいた。
(畜生・・)
「あなた、赤ちゃんをここで取りあげて。」
「何言ってやがる。ここじゃ設備が・・」
「あなた医者でしょう、さっさと取りあげて。」
千尋はそう言って溜息を吐いた。
歳三は舌打ちすると、少女に話かけた。
「今から赤ん坊を取り上げる。呼吸法は知ってるか?」
少女は歳三の問いに首を横に振った。
「いいか、陣痛と一緒に息を大きく吸って吐け、わかったな。」
「わかった・・痛い!」
思わず息む少女の手を、歳三は握った。
「まだだ、よし、息め!」
少女の苦悶に満ちた声が救急車の中に満ちたかと思うと、新しい命の産声が響いた。
「良くやった、元気な男の子だ。」
羊水と血に塗れ、臍の緒をつけた赤ん坊を、少女は感慨深げに見ていた。
「あなた、素晴らしかったわ。後のことはわたくしがするから、お疲れ様。」
病院に到着し、少女と赤ん坊が院内へと搬送された後、千尋はそう言って笑った。
「千尋・・」
「子ども達のことは諦めないわ。勘違いしないで頂戴ね。」
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2012年11月23日 15時05分29秒
コメント(0)
|
コメントを書く
[完結済小説:美しい二人~修羅の枷~] カテゴリの最新記事
もっと見る