「総司、どうしたんだその顔!?」
「近藤さん、土方さんが僕のこと殴ったぁ~!」
朝餉の時間、顔に痛々しい赤紫色の痣を作った総司が広間に現れると、近藤は血相を変えて彼の方へと駆け寄ってきたので、総司は大袈裟に泣き声を上げて近藤に抱きついた。
「歳、本当なのか?」
「ああ、殴ったさ。だがな、そいつを殴ったのはちゃんと理由が・・」
「歳、まさか昨夜のことが原因なのか?」
勇はそう言うと、歳三を見た。
「勇さん、俺ぁ昨夜のことはあんまり覚えてねぇんだ。だから昨夜何があったのか教えてくれねぇか?」
「教えなくていいですよ、近藤さん。僕の所為で大変な目に遭ったって、逆恨みするんですもの。」
「大変な目って?」
歳三は勇を見ると、深呼吸した後口を開いた。
「実はな、昨夜見ず知らずの男と寝ちまったんだよ。」
「何だと!?」
近藤は驚きの余り、持っていた茶碗をひっくり返してしまった。
「何やってんだよ!火傷してねぇか?」
「ああ、大丈夫だ。」
「平助、雑巾持って来い!」
あたふたとした様子で、歳三は平助から手渡された雑巾で勇の袴についた味噌汁を拭き取ってやった。
「歳、本当か?」
「ああ。後で話す。」
「そうか・・」
「近藤さんに味噌汁かけるほど、憎いんですか、土方さん?」
「てめぇ、何言ってやがる。」
歳三がジロリと総司を睨むと、彼はどこか勝ち誇ったかのような笑みを浮かべていた。
「昨夜、島原で近藤さんが贔屓(ひいき)の妓(おんな)といちゃついているのを見て、土方さん自棄酒あおってたじゃないですかぁ。自分が大変な目に遭ったからって、八つ当たりはよくないと思いま~す。」
「てめぇなぁ・・」
「総司、余り土方さんをからかうな。」
「はじめは土方さんの肩を持つんだね。もしかして、土方さんの事好きなの?」
「そ、それは・・」
総司に突っ込まれ、斎藤の頬が赤く染まった。
「俺は、そんなつもりで言ったわけでは・・」
「じゃぁどんなつもりで言ったわけ?」
「総司、あんたは土方さんをいつもからかってばかりだろう。いい加減土方さんに迷惑を掛けるようなことはやめろ。」
「何だ、つまんないの。あ~あ、急に食欲なくなっちゃった。」
総司は唇を尖らせて拗ねるような表情を浮かべると、広間から出て行った。
「ったく、何なんだ総司は・・今日はあいつ、ちょっとおかしいぞ。」
「土方さんが最近構ってやらないから、拗ねてるんじゃねぇの?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。もうあいつはぁガキじゃねぇんだ。」
朝餉を終えた歳三が、近藤の部屋へと入ると、彼は歳三を抱きしめた。
「歳、俺の所為でごめんな・・」
「そんなこと言うなよ、勝っちゃん。別に初めてじゃねぇし。」
「そうか・・」
勇の体温を胸に感じながら、歳三の脳裏にあの忌まわしい過去の記憶が浮かび上がってきた。
それは、歳三が数えで11となった年の頃、彼は松坂屋へ奉公へと出された。
だが彼はその美しさが仇となり、年上の丁稚や番頭に貞操を奪われることとなった。
ある夜、歳三が丁稚部屋で寝ていると、年嵩の番頭が彼の布団を突然剥ぎ、歳三の上にのしかかってきた。
『お前ぇが悪いんだぜ。』
その後、歳三は丁稚や番頭たちに輪姦された。
もう今となっては随分そのときの記憶も褪(あ)せていて、悪夢に魘(うな)されることはなくなったものの、昨夜の出来事があの悪夢の夜を否応にも思い出してしまったのだった。
「俺は穢れた身だ。だから、あんたの想いには・・」
「歳、お前が穢れてても俺は構わないんだ。だから、傍に居てくれ!」
「勝っちゃん・・」
歳三と勇は、京に来て初めて口付けを交わした。
「土方さん・・」
二人が睦み合っている姿を偶然目撃してしまった斎藤は、ちくりと痛む胸に己の手を押し当てた。
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