「お祖父様、ごめんなさい・・」
「いいんだよ。淳子さんと昨日、激しく口論したそうだね?」
コーヒーを一口飲んだ利尋(としひろ)は、そう言って千尋を見た。
「どうして、それを・・」
「ごめん、俺が祖父ちゃんに話しちゃった。」
「君達親子の関係が、危(あやう)いというよりも、崩壊寸前であるということは前から知っていたよ。君は、淳子(あつこ)さんが女である娘の君を憎んでいると思い込んでいるのだろう?」
「ええ。あの人は、昔からわたしにばかり辛く当って・・良く言うじゃないですか?“女の敵は女”って。」
「君は淳子さんを誤解しているよ。彼女はね、母親不在の家庭で育ったんだ。」
「どういうことですか、それ?」
祖父の言葉を聞いた千尋は、思わず彼の顔を見た。
「淳子さんのご両親は幼い頃離婚していてね、淳子さんは父親に引き取られたんだ。けど、その父親がとんでもない奴だったんだよ。毎日女を家に連れ込んでは、幼いわが子の前で平気でセックスをするような男だった。」
千尋は初めて、淳子の壮絶な過去を知った。
淳子の両親は幼い頃離婚し、彼女は父親に引き取られたが、彼はギャンブルや女に溺れ、当時小学生だった彼女の前で平気でセックスに励むだらしがない男だった。
淳子を引き取ったのは、我が子への愛情故ではなく、単に世間体を守る為だけだった。
父親らしいことを全くしない、仕事が無い日は一日中家で女とセックスをするか、酒を飲むことしかしない彼を密かに憎みながら、淳子は家事を黙々とこなす日々を送っていた。
そんな中、父親が再婚相手として連れて来たのは、彼がいれあげていた20代のキャバクラ嬢だった。
「なんだよ、コブつきかぁ。ま、いいや。」
継母となった彼女は、淳子に無関心で、一日中家を空けていた。
育児放棄された淳子は、いつも薄汚れた服で学校に行っている所為で苛められ、中学校に上がる前に不登校になった。
「おい淳子、甘えてんじゃねぇぞ!早く飯作れ!」
「たっちゃん、そんなに怒鳴ったら駄目だって。」
夕飯の支度をしようと淳子がスーパーから帰宅すると、継母がそう言って彼女に近づき、突然淳子の後頭部を拳で殴った。
痛みに呻く淳子を、彼女は執拗に殴り、蹴った。
「おい、そんな事やったら・・」
「死なせない程度に殴ってんのよ。無給の家政婦には、自分の立場ってもんをこうやって思い知らせないとね。」
「いい事考えるじゃねぇか、お前。」
「でしょう?」
その日から、淳子は中学を卒業するまで、毎日父親と継母に殴られ、罵倒された。
「あんたこんなことも出来ないの?愚図だねぇ。」
「ったく、家政婦として家事を仕込もうとしているのに、俺達の言う事を聞かないのならさっさとここから出てけ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・」
家でも学校でも、淳子は居場所が無かった。
いつしか彼女は、離婚して離ればなれになった実母に会いたいと思うようになった。
中学を卒業した翌日、アルバイト代が入った封筒と、預金通帳と印鑑を持った淳子は夜明け前に実家を出た。
彼女は忌まわしい過去を断ち切るかのように、二度と故郷には戻らなかった。
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