春が環に馬車の事を話そうとした時、玄関ホールに誰かが入ってくる気配がした。
『貴方、ここに居るのでしょう!』
玄関ホールから響いて来た声は、シュティファニーのものだった。
「環様、どうしましょう・・」
「お春ちゃん、ここはわたしに任せて、貴方は早くお帰りなさい。」
「はい。」
春が裏口から外へと出て行くのを見送った環は、深呼吸をしてシュティファニーが居る玄関ホールへと向かった。
『まぁ皇太子妃様、こんな夜遅くにわたしに何かご用ですか?』
『とぼけても無駄よ、夫はここに居るのでしょう?早く夫を出しなさい!』
『皇太子様はこちらにはいらっしゃいません。何でしたら、わたくしの部屋を調べてみますか?』
『貴方、誰に向かって口を利いているの?皇太子妃であるわたくしに向かって、その態度は何!貴方、今までどんな教育を受けて来たのかしら?』
自分に怒鳴られても毅然とした態度を取っている環に、シュティファニーは苛立った。
『ではわたしの方からも言わせて頂きますが、こんな夜中に何の断りもなく他人の家に押し入るなど、皇太子妃様は一体どのような教育を受けていらっしゃったのですか?』
『何ですって、言わせておけば・・』
激昂したシュティファニーが環を殴ろうと腕を振り上げた時、居間から出て来たルドルフが彼女の腕を掴んだ。
『妻が無礼な事をしてしまって済まなかった、タマキ。わたしに免じて、彼女を許してくれ。』
『貴方、こいつはわたしに対して無礼な口を利いたのよ、懲らしめてやらないと!』
『話は後で聞く。馬車に乗れ。』
『貴方、離してよ!』
喚き散らすシュティファニーを、ルドルフは有無を言わさず馬車に乗せた。
『シュティファニー、一体どういうつもりだ?』
『貴方こそどういうつもりよ、一介の女官を庇うなんて!よくも皇太子妃であるわたくしに恥を掻かせたわね!』
『頭を冷やせ!』
ルドルフはそう言うと、妻の頬を平手で打った。
『今までお前がわたし宛ての手紙を勝手に開封したり、わたしが娼館通いをしていることをしつこく責めたてたりしていたことに何も言わなかったが、タマキに危害を加えることは許さない!』
『貴方、わたくしとあの女官の、どちらが大事なの?』
『タマキが大事に決まっている。シュティファニー、今後タマキの屋敷には近づくな。』
『貴方、何処までわたしに惨めな思いをさせるのよ!』
ルドルフの言葉を聞いたシュティファニーは金切り声でそう叫ぶと、両手で顔を覆って泣き出した。
翌朝、環が王宮へ出勤すると、皇太子妃の部屋から女官達の悲鳴が聞こえた。
『一体何があったのです?』
『皇太子様がお気に入りの女の所に入り浸って居る事を知って、皇太子妃様はヒステリーを起こされているのよ。余り皇太子妃様の所に行かないほうがいいわ。』
『そうですか・・』
『それにしても、皇太子妃様には困ったものよね。ヴァレリー様がお嫌いになるのも、解るような気がするわ。』
同僚がそんな事を言いながら溜息を吐いていると、皇太子妃の部屋から髪が乱れた女官が泣きながら出て来た。
『貴方、どうしたの?』
『皇太子妃様にお茶をお出ししたら、こんなに熱いものを出してどういうつもりだといきなり怒り出して・・』
そう言った彼女の顔には、シュティファニーから折檻を受けた痕があった。
『酷い怪我ね。手当てしないと。』
『有難うございます。』
環が皇太子妃付きの女官を自分の部屋に連れて行く時、皇太子妃の部屋から金切り声が聞こえて来た。
『タマキ、その人はどうしたの?』
『ヴァレリー様、今は何も聞かないでくださいませ。』
『またあの人が暴れているのね、そうなのでしょう?』
ヴァレリーはそう言うと、不安そうな顔を環に向けた。
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