東京でのドレス発表会は大成功を収め、環の元にはドレスの注文が殺到した。
環は毎日職場に泊まり、寝食を忘れて仕事に打ち込む日々を送った。
「タマキ、まだ帰らないのか?」
「ええ。このドレスを仕上げるまで・・」
「ここのところ、働きづめだろう?食事と睡眠をしっかりとらないと、倒れるぞ?」
「そうですね・・」
環はミシンの前から立ち上がると、ルドルフと共に店じまいをして帰宅した。
「お帰りなさいませ、奥様。ご夕飯は今温めて参ります。」
「菊は?」
「菊お嬢様は、お部屋でお休みになっています。」
「そう。」
「奥様、差し出がましいようですが、余り無理を為さらないでくださいませ。菊お嬢様は、奥様がお仕事をし過ぎて身体を壊されるのではないかと心配されていらっしゃいますよ。」
「解ったわ。」
静からそう言われ、環は暫く仕事を休んで菊を過ごす時間を増やすことを決めた。
「お母様、肩を揉んでもいい?」
「いいわよ。」
菊に肩を揉まれると、強張った筋肉が解れていった。
「最近同じ姿勢を取って長時間仕事ばかりしているから、肩こりが酷かったのよ。」
「お母様、いつかわたしがお嫁に行く時は、ウェディングドレスを作ってね。」
「ええ、解ったわ。」
「そうか・・菊がそんなことを・・」
「いつかあの子がお嫁に行く日が来るのかと思うと、何だか寂しい気持ちになります。」
「気が早いな、タマキ。今からそんなことを思っていてどうするんだ?」
その日の夜、環が菊と交わした約束の事をルドルフに話すと、彼はそう言って苦笑した。
「あいつが嫁に行く日まで、お互い長生きしないとな。」
「ええ。」
環はルドルフにそう言って微笑んだ時、彼は軽く咳込んだ。
「どうした、風邪か?」
「季節の変わり目になると、風邪をひきやすくなるんです。」
「暫く働きづめだったから、疲れが溜まっているんだろう。」
「そうですね。」
その時、環は咳の発作が単なる風邪によるものだと思い込み、対して気にも留めなかった。
しかし、咳の発作は数週間経っても治まることはなかった。
「ねえ、お父様とお母様は何処で結婚式を挙げたの?」
「菊、何故そんな事を聞くんだい?」
夕食の時、菊が突然そう尋ねてきたので、ルドルフがそう言って彼女を見ると、菊はこう答えた。
「この前孝の家に行ったら、孝のお父様とお母様の結婚式の写真が暖炉の前に飾ってあったの。ねぇ、どうしてうちにはお父様とお母様の結婚式の写真がないの?」
「それはね、お父様とお母様は結婚式を挙げていないからだよ。いつかは挙げようと思っていたのだけれど、生活をするのに精一杯で、いつの間にか忘れてしまっていたんだ。」
「じゃぁ、今挙げればいいじゃないの。わたし、お母様の花嫁姿が見たいわ。」
娘の言葉を受け、ルドルフと環は結婚式を挙げる事にした。
「貴方達が祝言を挙げるなんて・・」
「もう祝言を挙げるには遅いと思っているのですが、菊がどうしてもわたしの花嫁姿を見たいと言って聞かないもので・・」
「まぁ、いいではありませんか。」
結婚式の打ち合わせの為、長崎から環の両親がやって来た。
環が結婚式を挙げる経緯を育に話すと、彼女は苦笑してそう言うと紅茶を飲んだ。
「父上は、今どちらに?」
「旦那様なら、ホテルの部屋で休んでおりますよ。長旅で疲れてしまって・・」
「確かに、長崎から横浜までは遠いですからね。お二人に無理を言ってしまって申し訳ありません。」
「何を言うのです、環。子供の祝言を見たくない親が何処に居ますか。」
育がそう言って環に微笑むと、ドアを誰かがノックした。
「どちら様ですか?」
「環、わたしだ。」
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