素材は
NEO HIMEISM 様からお借りしております。
「火宵の月」オメガバースパラレルです。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
オメガバース・二次創作が苦手な方はご注意ください。
この世には、二次性別というものが存在する。
男女という性別の他に、α(アルファ)、β(ベータ)、Ω(オメガ)という三種類の性別が存在し、βが世界の全人口の大半を占め、主にエリート階級に属するα、そしてかつて被差別階級であったΩは人口の約3%を占める。
これは、一人のαと、Ωの物語である―
「先生、さようなら。」
「気を付けて帰れよ~」
茜色に染まりつつある廊下を歩く生徒達に同僚教師・高田が声を掛けている姿を遠くから眺めながら、土御門有匡は彼に気づかれぬように今来た道を戻った。
彼はこの学校に赴任してきたばかりの自分に対して親切にしてくれているのだが、顔を合わせると毎日放課後に飲みに誘われるので、それが苦痛で有匡は彼を避けるようになった。
余り人付き合いが得意ではない有匡は、高田のような熱血教師タイプが苦手だった。
高田だけではなく、他の同僚教師達とも何だか反りが合わないような気がするのは、自分が無愛想で事務的な態度を彼らに取っているからだろう。
革靴を履き、有匡が職員用駐車場へと向かおうとした時、人気のない体育用具倉庫からくぐもった声が聞こえた。
(気のせいか?)
そう思いながら有匡が体育用具倉庫の扉を開けると、そこには一人の少女が今まさに中年男性に組み敷かれているところだった。
「そこで何をしている!」
有匡が男性を怒鳴りつけると、彼は飢えた獣のような目で有匡を睨みつけた。
それと同時に、男性の全身から威嚇フェロモンが放たれた。
(こいつ、αか・・)
「Ωの癖に、こいつが俺に逆らうから懲らしめてやろうとしているだけだ、邪魔するな!」
「獣め、消え失せろ。」
有匡は舌打ちしながらそう言って男を睨みつけると、男が放っているよりも強烈な威嚇フェロモンを男に向かって放った。
男は覚束ない足取りで喉元を掻き毟りながら体育用具倉庫から出て行った。
「大丈夫か?」
「はい、助けてくださって有難うございます。」
金髪紅眼の少女と目が合った瞬間、有匡は彼女から花の蜜の様な甘い匂いが漂って来ている事に気づいた。
“運命の番”―αとΩ間であっても極稀にしか存在しないという“魂の番”。
「お前、名前は?」
「火月・・炎の月という意味の名です。あの、先生?」
この少女が、自分の“運命の番”だというのか?
「家まで送ろう。」
「有難うございます。」
火月を助手席に乗せ、有匡が車に乗り込もうとした時、上着の胸ポケットに入れていたスマートフォンが振動した。
スマートフォンの液晶画面を見た有匡は舌打ちするとスマートフォンの電源を切った。
「すいません、ここで降ります。」
有匡の運転する車が市街地を抜け、閑静な住宅街に入っていくと、火月はそう言ってシートベルトを外した。
「家までまだ距離があるだろう?」
「そうですけど、余り男の人と一緒に居るところを家族に見られたくないんです・・」
火月は何か複雑な事情を抱えているらしく、それだけ言うと俯いてしまった。
「男に襲われた時、何故抵抗しなかった?」
「僕はΩで、男を誘うフェロモンを出しているから、男に襲われて当然だと思って・・無駄に抵抗するよりは、嵐が過ぎ去るのを待った方がいいと・・」
「馬鹿な事を!」
Ωはエリート階級に属しているαと比べ、αを誘うフェロモンを発するΩは、長年“劣等品種”とされ、謂れのない迫害と差別を受けてきた時代があった。
Ωの発情を抑える抑制剤や、バース性に対する差別撤廃運動、そしてバース性に対しての法整備が進みつつある現代に於いても、未だにΩに対する差別は根強く残っている。
それ故にαの男性によるΩ男性、女性へのレイプなどが頻発し、その結果違法な堕胎手術により命を落とすΩが少なくはない。
Ωは種の繁殖に適するものと思われている為、その社会的地位は低く、妊婦が出生前判断で腹の胎児がΩである事がわかると中絶し、また生まれて来た子供がΩである事を理由に殺害し、遺棄したりする事件も後を絶たず、社会問題となっている。
しかし一番問題なのが、Ωとして生まれた者の自己肯定感が低い事だった。
「あの時、もしわたしがお前を助けていなかったら、お前はあの男に犯されていたんだぞ?それなのに、お前はそれを当たり前だと思っているのか?」
「先生にはわからないんです、Ωとして生まれてきた僕の苦しみが!僕だって好きでΩに生まれてきた訳じゃないのに・・」
「済まん、言い過ぎた。」
有匡は顔を両手で覆って泣く火月の背中を優しく擦った。
「すいません、取り乱してしまって・・」
「あんな事は、いつもあるのか?」
「いいえ。僕がフリーのΩで、油断していたから襲われてしまったんです。」
「番は居るのか?番を持てば、発情フェロモンが抑えられると噂に聞いたが?」
「番は持っていません。強い抑制剤をいつも服用しているので、今日も大丈夫だと思っていたんですが、襲われるなんて思いもしませんでした。」
「あの男は学校関係者じゃないな。今日の事を学校に報告して、警備を強化して貰うようにしよう。」
「でも、そんな事をしたら迷惑を掛けます。」
「生徒の身の安全を守るのが教師の役目だろう?」
「それはαやβの生徒に対してだけでしょう?Ωの生徒を守る学校なんてありません。」
「火月、お前・・」
「送ってくださって有難うございました、さようなら先生。」
有匡が止める間もなく、火月は車の助手席から降りて住宅街の中へと消えていった。
(少し言い過ぎたかな・・)
火月はそんな事を思いながら溜息を吐くと、一軒の家の前に立った。
そこは、自分と同じ境遇で育った者達が共同生活を送るシェアハウスだった。
火月が玄関先のインターフォンを鳴らすと、玄関先に黒髪紅眼の少女が現れた。
「火月、お帰り。帰りが遅かったから、また襲われたんじゃないかって心配していたんだよ?」
「ごめん、禍蛇(かだ)。心配かけちゃって・・」
「謝らないで。ご飯もう出来てるから、配膳手伝って。」
「うん、わかった。」
火月は黒髪の少女と共に家の中へと入った。
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