素材は
NEO HIMEISM 様からお借りしております。
「火宵の月」オメガバースパラレルです。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
オメガバース・二次創作が苦手な方はご注意ください。
(全く、義父上にはいい加減にして貰いたいものだ。)
パーティー会場から出た有匡は、溜息を吐きながら人気のないバルコニーで冷たい風に当たっていた。
αとして生まれた彼の元には、山の様に名家出身のΩからの縁談が持ち込まれた。
土御門家は名門のαとして戦前からこの国に君臨してきた名家だった。
それ故、その血統を絶やさぬために唯一直系の血をひいている有匡の元へ縁談が殺到するのは当然の事なのだが、有匡はその縁談を全て断って来た。
それは、有匡の亡き父・有仁が相思相愛だった番の母親と家の者に引き離された後、そのショックで病死してしまったからだった。
αとΩは番となり、αの優秀な遺伝子を継ぐ子孫を産む―それが世の理であると、家の為であると、有匡は幼少の頃からそんな教えを学校から、社会から叩き込まれて育った。
しかし、有仁は番であった妻との契約を解消した後、後妻を迎えなかった。
“お父さん、どうして再婚しないの?”
ある日、有匡はいつものように病室の外から窓を眺めている父にそんな質問をぶつけてみた。
すると彼は寂しそうに笑いながら、こう答えた。
―何故だろうね、もう二度と会えないと想っている人が、わたしの事を待っていると想っているからかな・・
その時、まだ子供だった有匡は、父の言葉の意味がわからなかったが、大人になった今となってはわかる。
父は、番だった母の事を待っていたのだ。
亡くなるその日まで、ずっと。
その事を知った時、有匡は家の為だけに利害が一致する名家のΩと番うことを一切拒否した。
(わたしは誰とも番わない・・決して父のようにはならない。)
そう自分に誓いを立てながら、有匡は高校教師として普通の生活を送っていた。
しかし、αである自分を周囲は放っておくはずがなかった。
翌朝、パーティーでの事で早速有匡は義父から小言を食らった。
「有匡、結婚はまだ考えていないのか?お前もそろそろいい年だ。身を固めておいた方が・・」
「お言葉ですが義父上、わたしは一生誰とも番いません。貴方はどうやら、わたしの父にした事をもう忘れてしまったようですね?」
「あ、あれは仕方がなかったのだ!ああしなければ、お前の父親はあのΩに滅ぼされるところだったのだぞ!」
自分に都合のいい言い訳ばかりを並べ立てる義父の姿に、有匡は嫌悪を感じた。
「わたしを、父の二の舞にさせるおつもりですか?」
「有匡・・」
「この際だからはっきりと言っておきます。わたしは家の為の道具ではありません。」
有匡はそう言って椅子から乱暴に立ち上がると、そのままダイニングルームから出て行った。
「まったく、有匡には困ったものだ・・」
「旦那様、そんなに気を落とさずに・・」
そう言って義父を慰めたのは、彼の愛人であるΩだ。
彼女は義父にしなだれかかると、嫣然とした笑みを口元に浮かべた。
「そういえば、有匡様が働いておられる高校では、Ωの特殊学級があると聞きましたわ。その特殊学級の生徒達の中から、有匡様の番を選べば宜しいのではなくて?」
「名案だな。そうしないと、いつまで経ってもあいつは独身のままだろう。」
義父はそう言った後、美味そうにワインを飲んだ。
有匡が高校に出勤すると、校長が彼を校長室に呼んだ。
「校長先生、わたしにお話とは何でしょうか?」
「・・実は、こんな物が先程保護者の皆さんから渡されてね。うちの高校に在籍しているΩの生徒を、専門機関へと隔離して欲しいという嘆願の署名だ。」
「何故、そのような事を?バース性の差別は法律で禁じられている筈・・」
「ああ、表面上ではな。だが、人種差別や性差別が未だ根絶できないのと同じく、バース性への差別は、わたし達の生活に深い根を下ろしている。」
校長がそう言って溜息を吐いた時、廊下が急に騒がしくなった。
有匡が校長と共に校長室から廊下へと出ると、一人の女性が髪を振り乱しながら一人の生徒に掴みかかっていた。
「あの子を返してよ、この人殺し!」
「奥様、落ち着いて下さい!」
「あんたが唆した所為で、あの子は自殺したのよ~!」
女性に掴みかかられた生徒は、無言で俯いているだけだった。
「あれは一体、何なのですか?」
「あぁ、あの女性は、先月自殺した生徒の母親だ。」
「じゃぁ、あの殴られている生徒は?」
「Ω(オメガ)だ。彼は自殺した生徒の番だった。だが、彼は自殺した生徒との番契約を一方的に破棄した。」
「それは、何故です?」
「さぁ・・」
校長はそう言葉を濁すと、校長室へと戻っていった。
(彼は、何かを隠している・・)
職員室に戻った有匡は、教職員専用のサイトにアクセスした。
生徒名簿にアクセスし、自殺した生徒の名前をクリックしようとしたら、“パスワードを入力して下さい”というメッセージが画面に表示された。
いつの間にか、何者かによってアクセス制限がかけられていた。
何処かが、おかしい。
「先生、どうかなさったのですか?」
「いえ、何でもありません・・」
「これから、色々と忙しくなりますねぇ。」
「何か、あるんですか?」
「あぁ、土御門先生はご存知ないんでしたっけ?来週、国のバース機関の視察があるんです。」
「そうですか・・」
「うちは、表向きはΩ優遇措置校ですからね。あ、もうわたし授業に行かないと!」
同僚の女性教師は少し喋り過ぎたと思ったのか、そう言うとそのまま有匡と目を合わさずに職員室から出て行ってしまった。
この学校には、何かがある―有匡は、彼女の話を聞いて確信した。
一方、家庭科室では、火月がクラスメイト達と共にクッキーを作っていた。
「あ、ごめん、手が滑っちゃった!」
火月が、教師が居る席に提出用のクッキーを置いた後、一人の女子生徒がそう言った後、わざと火月に向かって足を突き出した。
火月は、転びはしなかったものの、その女子生徒を睨んだ。
「何よ、文句でもあるの?出来損ないのΩの癖に。」
「そうよ、あんた達Ωが居るだけでも迷惑なのよ。」
悔しいが、火月は何も言い返す事が出来ぬまま、授業が終わるなり片付けを済ませて家庭科室を後にした。
何故Ωに生まれただけで、理不尽な差別を受けなければならないのだろうか。
(α(アルファ)に生まれていれば、人生は楽しいものになってたかなぁ?)
そんな事を思いながら人気のない空き教室で弁当を食べていると、そこへ有匡がやって来た。
「先生、どうしてここに?」
「職員室に居ると何かと息が詰まってな。」
「αの先生も色々と大変なんですね。」
「まぁな。教師は派閥があって、新人のわたしには余り馴染めないんだ。」
「そうですか・・」
「その弁当、自分で作ったのか?」
「はい。シェアハウスでは、“自分の事は自分でする”のがルールなんです。なので、みんな家事全般が出来て、お互いに助け合いながら生活しています。」
「そのシェアハウスには、Ωしか居ないのか?」
「いいえ、βの人も居ます。シェアハウスのオーナーはとても良い人で助かっています。」
「そうか・・」
Ωが差別を受けるのは、就職・進学だけではなく、部屋を借りる際もΩというだけで断られる事があると、有匡は雑誌の記事で知っていた。
「親は居ないのか?」
「えぇ。僕が生まれてすぐに、両親は交通事故で亡くなったんです。ですから僕は、シェアハウスで暮らすまで施設で暮らしていたんです。先生は、どうなんですか?」
「結婚はしていないし、これからするつもりもない。わたしの父は、無理矢理番(つがい)だった母と引き離されて病死した。母は今生きているのか死んでいるのかわからない。」
「すいません、変な事を聞いてしまって・・」
「いや、いいんだ。包み隠さずに話しておけば楽になる。」
有匡はそう言って笑うと、コンビニで買ったサンドイッチを一口食べた。
「あの子は?」
「あの子はΩの生徒です。どうかされましたか、理事長?」
「いや・・昔の知り合いに彼女が何処か似ているような気がしてね・・」
「そうですか・・」
「彼は確か・・」
「あぁ、土御門有匡先生ですか?今年こちらに赴任されたばかりですが、生徒達から慕われていますよ。」
「ほぅ・・」
理事長は、暫く空き教室に居る有匡と火月を見つめた後、秘書を従えて廊下から去っていった。
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