千尋が思春期を迎え、学校に通うようになると、オリガは彼女を毎日『汚らわしい女』と罵り、何かにつけては長男の嫁・ナターリアと比較しては彼女のプライドを傷つけた。
ミハイロフは娘の事を気に掛けていたが、仕事に忙しく家に居ることは少なかった。
千尋はじっとオリガの虐待に耐え、いつか彼女を見返してやると思いながらも、勉強やスポーツに励んだ。
その結果、彼女はコロンビア大学進学のチケットを手にし、学友に囲まれながら楽しいキャンパスライフを送った。
だがNYのセレブの間では、彼女は所詮「愛人の子」だった。
上流階級の中でも最下層に位置する彼女は、由緒ある名家の令嬢達にその出自を馬鹿にされ、新たなる屈辱に耐えていた。
歳三と結婚し、千尋は漸く忌まわしい過去を断ち切ろうとした。
だが子どもを産んだことにより、継母に虐待された記憶が不意にフラッシュバックし、彼女は無意識に我が子に対して虐待に近い行動を取ってしまうようになった。
このままではいけないと思った千尋は、咄嗟に子ども達を置いて家を出た。
「と、これがマダムが下した決断と言うわけだ。マダムは常に継母の陰に怯えていたのだよ。」
歳三の脳裡に、結婚式で自分を睨みつけているオリガの顔が浮かんだ。
彼女から受けた虐待の記憶は、そう簡単に消えるものではない。
だからと言って、子どもを捨てて良いわけではない。
「俺は子ども達をあいつに渡さねぇ。」
「そうか。それが父親としての、君の本音か。」
稔麿は溜息を吐くと、浴室から出て行った。
シャワーを浴びて歳三が部屋で服を着替えていると、稔麿はシーツに包まって眠っていた。
歳三はちらりと稔麿を睨むと、部屋から出て行った。
ホテルから出ると、外はもう暗くなっていた。
「歳兄ちゃん?」
不意に背後から声がして歳三が振り向くと、そこにはクリーム色のドレスに身を包んだ香帆が立っていた。
「どうした、香帆?」
「高校の同窓会がそこのホテルであったのよ。歳兄ちゃんはどうしてここに?」
「ああ、少し人と会っててな。」
男に啼かされたと言える筈もなく、歳三は咄嗟に嘘を吐いた。
「そう。ねぇ歳兄ちゃん、この後時間ある?」
香帆がそう自分に聞くのは、密会の合図だった。
「ああ。」
歳三は香帆の腕に己の腕を絡めて、夜の街を歩いた。
一方、香帆の夫・祐司は同僚と飲んだ後、駅前を歩いていた。
香帆は高校の同窓会があるから遅くなると言っていたが、彼はそれが嘘ではないのかと少し妻を疑い始めていた。
最近、彼女は外出が多くなってゆき、それと比例してファッションやメイクも垢抜けたものになってきた。
子育て中の母親がお洒落に気を遣うことに対して祐司は反対しないし、たまに息抜きをしてもいいと思っている。
「あ、あれ先輩の奥さんじゃないっすか?」
後輩がそう言って指した先には、クリーム色のドレスに身を包んだ妻が、見知らぬ男性と歩いている姿があった。
(香帆、あいつは誰だ?)
祐司がそう思った時、不意に相手の男が香帆に話しかけたため、その顔が祐司にも見えた。
香帆と一緒にいた男は、彼女の初恋の人だった。
「先輩、どうしたんすか?」
「すまない・・もう俺先に帰るわ。」
「え~!」
慌てふためく先輩を駅前に残し、祐司は慌てて彼らの後を追った。
香帆と相手の男は、ラブホテル街へと入っていった。
「香帆・・」
一軒のラブホテルの中に入っていった妻の後を、祐司は追い掛け、彼らが部屋に入ってゆくのを見た。
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最終更新日
2012年04月06日 08時56分08秒
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