「あら、いらっしゃったわ。」
「面の皮が厚い方ね。」
「図々しいったらありゃしないわ。」
貴婦人達はガブリエルの姿を見るなり、わざとらしく大袈裟な溜息を吐きながら彼女を中傷した。
「あなた方、わたしの友人を侮辱するなんていい度胸ね?」
「アレクサンドリーネ様、わたくしたちは侮辱などしておりませんわ。」
「そうですとも。わたくし達はこの方に、身の程を弁えろとご忠告申し上げているだけです。」
「あら、そう?わたしにはそんな風には聞こえなかったけれど。」
「アレクサンドリーネ様もお気をつけなさいませ。この方に肩入れしてしまっては、いずれは我が身を滅ぼすことにもなりかねませんから。」
何処か勝ち誇ったかのような笑みを浮かべると、貴婦人達は薔薇園から去っていった。
「あんなの、気にすることはないわ。あなたが若くて聡明だから、やっかんでいるのよ。」
「そうですね・・それよりもアレクサンドリーネ様、お話というのは?」
「実はね、近々アリスティドがアンヌ様を再び取り調べるそうよ。異端審問所で下働きしている下女に聞いたんだけれど・・アリスティドは拷問も考えているんですって。」
「拷問・・?」
ガブリエルの脳裏に、生爪を剥がされ、焼き鏝(ごて)を捺され苦しむアンヌの姿が浮かんだ。
DNA検査をはじめとする科学捜査など存在しないこの時代に於いて、異端審問所では被告人に対して苛烈な拷問を掛けた上で、罪を自白することを主としていた。
だが被告人が罪を自白しても、その先に待っているのは火刑台か、絞首台である。
「でも、まだ決まったわけではないのよ。ごめんなさい、そんな話をする為に、あなたを呼び留めたのではないのに。」
ガブリエルの顔が蒼褪めていることに気づいたアレクサンドリーネは、慌てて話題を変えた。
「お母様は今、あなたの婚約者であるヴィクトリアス様にお会いしている頃だわ。」
「王妃様がヴィクトリアス様に何のご用なのかしら?」
「さぁ、それはわたしにもわからないわ。後でヴィクトリアス様にお聞きになられたらいかが?」
「そうですね。」
「ねぇガブリエル、暫くはここはあなたにとって辛い場所になるでしょうけれど、わたしがあなたを守ってあげるわ。あなたは一人ではないの、それを忘れないで。」
「ええ。それでは、これで失礼致します。」
「またあなたとお話したいけれど、今は忙しくて時間が取れないの。落ち着いたら、あなたをお茶会に誘うわね。」
―あなたは一人ではないの、それを忘れないで―
アレクサンドリーネの言葉は、ガブリエルの萎(な)えた足と心を大いに奮い立たせてくれた。
ただ悲嘆に暮れるだけの日々に別れを告げ、自分に出来る事をしなければ―ガブリエルがそう決意しながら廊下を歩いていると、ガブリエルは誰かとぶつかった。
「すいません、大丈夫でしたか?」
「ええ。あら、あなたは・・確か神学校で見かけた・・」
「お久しぶりです、ガブリエル様。」
そう言うとユリウスは、“白薔薇の君”ことガブリエルに微笑んだ。
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