「本日はお忙しい中お越しくださり、ありがとうございます、組合長さん。」
「いいんえ、礼なんて言わんでも。それよりも、淑子さんが急に亡くならはったやなんて、まだ信じられへんわ。」
長年淑子と懇意にしている祇園町の花街組合長の鈴田は、そう言って溜息を吐いた。
「和美ちゃんには、連絡したん?」
「ええ。けど、体調が優れないとかで、お通夜と告別式は欠席するそうです。」
「薄情な子やなぁ、母親が病死した報せを受けても、帰省せぇへんやなんて・・」
鈴田は淑子の訃報を受けても帰省しない和美を余り快く思っていなさそうだった。
「華凛さん、あちらの準備が出来ましたえ。」
「ありがとうございます。それじゃ、あのお花をあちらに置いてください。」
「へぇ、わかりました。」
華凛は通夜の準備を慌ただしく進めつつも、槇の部屋に居る真那美の様子を見にいった。
「真那美ちゃん、もう寝てしまいましたよ。」
「すいません、槇さん。お通夜の準備までさせて、その上子守まで・・」
「僕は暇人なんだから、もっとこき使ってくれていいんですよ。それよりもさっき、鈴田さんが和美ちゃんのことを色々と悪く言っていましたよ。放っておいていいんですか?」
鈴田には、和美が淑子と絶縁したことを、華凛は彼女に話すつもりはなかった。
「事情を話したら、また邪推されますから。」
「そうだね。華凛さんも疲れただろうから、向こうでお茶を頂いてきなさい。」
「わかりました。」
数分後、華凛が台所へと向かうと、そこには淑子と生前親しかった祇園町の芸妓・藤千代が居た。
「藤千代さん、お忙しい中来て下さってありがとうございます。」
「この度は、ご愁傷様でした。お師匠さんが急に亡(のう)うなるやなんて、未だに信じられまへん。」
「わたしもです。昨夜、伯母と話をしましたから・・」
「これから、篠華流はどないするんどす?お師匠さんが亡うならはって、誰が跡を継がはるんどすか?」
「真那美に跡を継がせます。篠華流は、代々女子が家元を継ぐものと決まっておりますから。」
「華凛さんが継ぎはったらええのに。」
「ほんまや、華凛さんやったら、淑子さんも安心して篠華流を継がせるのになぁ。」
「わたしは男ですから、この家は継げません。」
「華凛さんはいい腕を持ってはるのに、惜しいなぁ。」
「ほんまや。」
鈴田と藤千代がそう言って話をしていた時、外からタクシーが停まる音が聞こえた。
「どちら様ですか?」
「すいません、こちらが篠華さんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですけど・・あなたは?」
「申し遅れました、わたくし、こういう者です。」
停車したタクシーから出て来た喪服姿の青年は、そう言って華凛に一枚の名刺を手渡した。
“衆議院議員 鈴久高生 第一秘書 吉田悠太”
「わざわざ鈴久先生の秘書の方が、弔問にいらしてくださったのですか?」
「こちらの女将と先生は、生前長いお付き合いをされておりました。ご多忙な先生に代わって、わたくしがご焼香を差し上げようかと・・」
「そうですか、ではこちらへ。」
華凛が鈴久議員の秘書・吉田を淑子の仏壇へと案内している間、台所に居た芸舞妓達がジロジロと彼を見た。
「いやぁ、男前やわぁ。」
「まるで芸能人みたいな顔してはるわぁ。」
「あれで政治家の秘書やなんて、信じられへん。」
吉田は淑子に焼香した後、華凛の方へと向き直った。
「華凛さん、わたくしは今夜ここに来たのは、大切なお話があるからです。」
「大切な話、ですか?」
「ええ。」
お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
2013年09月11日 07時45分56秒
コメント(0)
|
コメントを書く
もっと見る