「お帰りなさいませ。お食事はどうなさいますか?」
「要らない。」
市庁舎の前で凛が会った緋色の軍服姿の男―歳三は、そう言うと宿泊先のホテルの部屋の窓から、ウロボロスの街並みを眺めた。
「では、わたくしはこれで失礼いたします。」
執事が部屋を出た後、歳三は溜息を吐いてベランダに出ると、そこで煙草を吸った。
この町に来たのは、六年前に自分と別れた千尋を探す為だった。
このホテルで千尋が客室係として働いているという情報を知った歳三は、ホテルの支配人に彼女の事を聞いたが、彼女は数ヶ月前に病死していたことを知った。
(もう少し、ここに来るのが早ければ、千尋に会えたのに・・)
歳三は、煙草を吸いながら先ほど支配人と交わした会話の事を思い出していた。
『彼女には確か、今年で六歳になる子供が居ると聞いたのですが、その子は今どこに?』
『それが、わたくしどもにもわかりかねますので・・お客様のご期待に添えず、申し訳ございません。』
いくら職場の上司といえども、千尋の子供の消息など把握していないのは当然の事だ。
歳三はベランダで煙草を吸うと、部屋に戻り、持参していたノートパソコンの電源を入れ、インターネットに接続した。
千尋の子供に関する情報が何処かに載っていないだろうかと片っ端から検索エンジンで千尋の名前を入力してみたが、何の収穫も得られなかった。
もう諦めるしかないか―歳王がそんなことを思いながらノートパソコンをシャットダウンしようとしたとき、鞄の中にしまってあった携帯が鳴った。
「もしもし?」
『あなた、まだウロボロスにいらっしゃるの?』
耳元に、レイチェルのヒステリックな声が響いたので、歳三は思わず携帯から耳を離した。
『あなた、聞いていらっしゃるの?』
歳三はレイチェルに返事をすることなく、携帯の電源を切って鞄の中にしまった。
「またあの人、携帯の電源を切っているのね! そんなにわたしと話したくないというの!」
レイチェルは携帯を握り締めながらそうヒステリックに叫ぶと、暖炉の前で遊んでいたマクシミリアンが恐怖で身体を強張らせた。
「お義姉様、そんなに大声を出してはマックスが怖がっているじゃないの。」
「エミリーさん、あなたはいつもあの人のかたを持つのね!」
レイチェルがリビングから出ると、エミリーは暖炉の前で震えているマクシミリアンを抱き締めた。
「ママ、どうして怒っているの?」
「ママは今機嫌が悪いのよ。マックス、もう遅いから寝なさい。叔母様が絵本を読んであげるわ。」
「叔母様が、ママだったらよかったのに。」
マックスの言葉を聞いたエミリーは、レイチェルと歳三の夫婦仲が冷え切っていることに薄々と気づき始めていた。
「レイチェルさんは?」
「お義姉様なら、自分のお部屋に引き籠っていますわ。ねえお母様、お兄様達は余り上手くいってないのかしら?」
「エミリー、いくら身内でもあなたが夫婦の問題に口出しをするものではありませんよ。」
「そうですわね、すいませんお母様。」
「まったく、あの人が嫁いで来てからこの家はおかしくなってしまったわ。やっぱりあの時二人の結婚に反対していたら、少しは違った結果が出たことでしょうに。」
フェリシアは娘にそうこぼすと、ガウンを羽織って寝室へと向かった。
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