『あの銃声は何かしら?』
一階から聞こえた銃声に、アンネロッテは大広間に居る父親と従兄の身を案じた。
『アンネロッテ、看護婦が来るまでわたしの補助をしてくれないか?』
『はい、先生。今着替えて参ります。』
夜会用のドレスから普段着のドレスに着替えたアンネロッテは、医師から渡された白衣とマスクを身に着けて寝室に入った。
『タマキさんの容態はどうですか、先生?』
『出血は止まっている。呼吸も脈も安定しているから、後は本人の生命力に任せるしかないな。』
(タマキさん、どうか生きてください。)
アンネロッテが環の手をそっと握り、神に彼の命を助けてくれるよう願った。
涼介が放った銃弾を頭に受けたクリストフ司祭は、仰向けになり大理石の床に倒れた。
リーダーを目の前で殺され、仲間達は涼介を一斉に取り囲んで彼を仕留めようとしたが、涼介は腰に帯びていた日本刀の鯉口を素早く抜くと、彼らを一気に斬り伏せた。
『これで、連中の息の根を止めた。』
涼介はそう言うと、刀を床に突き刺し、荒い呼吸を繰り返した。
『どうした、大丈夫か?』
『俺に近づくな!』
自分に近寄ろうとしたルドルフに涼介がそう怒鳴った瞬間、彼は激しく咳込んだ。
彼が咄嗟に右手で口元を覆うと、生温い血の感触が掌に伝わって来た。
(あぁ、俺はもう駄目だ。)
涼介は、汚れた右手を乱暴にシャツの裾で拭うと、呼吸を整えてルドルフの方へと向き直った。
『弟は・・環は何処に居る?』
『タマキは、あの男に斬られた。今、二階で治療を受けている。』
『そうか。俺は、もう永くはない。環が目覚めたら伝えてくれ、俺の命を、お前にくれてやると。』
涼介は床に刺した日本刀を抜き、その切っ先を頸動脈に宛がった。
『止めろ!』
ルドルフはこれから彼が自害することを察し、彼を止めようとしたが、無駄だった。
「環、済まない・・不甲斐ない兄を許してくれ。」
涼介は一言弟へそう詫びると、刀で己の頸動脈を切り裂いた。
『皇太子様、タマキさんの意識が戻りました!』
環が運ばれた二階の寝室から白衣姿のアンネロッテが息を弾ませながら大広間に入ると、そこには仮面の男達の遺体が転がっていた。
思わず彼女は悲鳴を上げ、扉の方へと後退りした。
『アンネロッテ、無事でよかった!』
『お父様、リーヒデルト、二人ともご無事でしたのね!』
バルコニーへと避難していた父親と従兄の無事を確認したアンネロッテは、喜びのあまり彼らに抱きついた。
ルドルフはそんな彼らを横目に見て大広間から出て、二階へと上がった。
『タマキ。』
ルドルフが寝台に横たわっている環の手を握ると、彼はルドルフの手を握り返してきた。
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