『アンネロッテ、患者は何処だ?』
『寝室に居るわ。』
アンネロッテと共に寝室に入った医師は、寝台にうつ伏せに寝かせられている環に近づき、彼の傷の具合を見た。
『幸い傷は骨にまで達していないが、出血が酷い。』
『先生、わたくしに何か手伝えることはありますか?』
『そうだな、もっと清潔なシーツとタオルを持って来てくれ。』
『わかりました。』
アンネロッテが寝室から出ようとすると、書斎で待っていたルドルフがソファから立ち上がり、彼女の元へと駆け寄って来た。
『タマキは?彼は無事なのか?』
『今、先生が診察しています。皇太子様、下の様子を見てきてください。』
『わかった。』
ルドルフがアンネロッテの部屋から出て、一階に降りようとした時、その中から苦痛に満ちた環の叫び声が聞こえた。
環が苦しんでいるというのに、何も出来ない自分が、ルドルフは悔しかった。
ルドルフが先ほどまで舞踏会の会場だった大広間へと向かうと、そこにはあの仮面の男達が人質に銃口を向けていた。
『恋人のお蔭で、命拾いしたな?』
ルドルフの姿に気づいた黒髪の男が、そう言って笑った。
『貴様、殺してやる!』
『わたしを撃ったら人質の命はないと思え。』
激情に駆られ、男に銃口を向けたルドルフに対し、彼は冷静な口調でルドルフに銃を下ろすよう命じた。
『わたしが狙いなら、他の人質は解放しろ。このままでは、確実に死者が出る。』
『そうか。』
男はルドルフの言葉を受け一瞬考え込んだ後、仲間達に人質を解放するよう命じた。
『おい、正気か!?』
『皇太子様が自ら人質になるとおっしゃっているんだ。他の貴族達を人質にしても、無駄に時間を食うだけだろう?』
『解った。』
男の言葉に彼の仲間達は渋々と彼の命令に応じ、他の人質達を解放した。
『それで、貴様らの要望は何だ?』
『我々の望みはただ一つ、ハンガリー独立だ。』
『残念だが、そんな事をわたしに望んでも無駄だ。皇帝陛下に直接頼み込むのだな。』
『それが出来るのなら、こうして騒ぎを起こすつもりなどないさ。』
男は自嘲めいた笑みを口元に浮かべると、仮面越しにルドルフを見た。
『先ほどから気になっているんだが、人と話す時はその仮面を外したらどうだ?別にお前達の素顔が知れたところで、誰も関心を払わない。』
ルドルフの言葉に、男は笑うと、そっと仮面を顔から外した。
仮面の下から現れた端正な美貌を彩る紫の瞳に、ルドルフは驚愕の表情を浮かべた。
『クリストフ司祭、まさか貴方がこの団体のリーダーだったとは・・』
『皇太子様、このような形で貴方と会えるなどとは思ってもおりませんでした。』
『貴様の目的はハンガリー独立だといったな?お前は一体何者なんだ?』
『わたしは一介の聖職者に過ぎませんよ。』
『一介の聖職者が、銃や日本刀の扱いなどを知っているものか。』
ルドルフはそう言った後、男―クリストフ司祭を睨みつけた。
『わたしに毒入りワインを贈り、ゲオルグを失明させたのもお前の仕業か?』
『あれは不幸な事故でした。忠実な部下を失くしてさぞや無念でしょうね?』
クリストフ司祭とルドルフが睨み合っていると、大広間に渡英した筈の涼介が入って来た。
『リョースケ、何故ここに居る?』
『お前達を止める為に決まっているだろう。』
涼介はクリストフ司祭に銃口を向けると、躊躇いなく引き金を引いた。
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