「先生、妻の様子は・・」
「奥様は、以前から血を吐かれるようなことはありましたか?」
「いいえ。本人は、単なる風邪だと言っていました。」
「奥様は、ずっと我慢していらしたのでしょうね。あの様子からすると、半月前から胸の痛みと咳に苦しまれていたのではないかと思います。」
「先生、妻の病名は何ですか?」
「大変申し上げにくい事ですが・・奥様は肺結核です。もう手の施しようがありません。余命は長くても一年、短くて半年といったところでしょう。」
「そんな・・」
医師から告げられた残酷な真実に、ルドルフは絶句した。
「妻と二人きりで話がしたいのですが、いいですか?」
「どうぞ。」
病室に入ったルドルフは、ベッドの上で眠っている環の手をそっと握った。
「貴方、どうしてここに?」
「お前が倒れたと静さんから聞いて、会社から駆けつけてきたんだ。タマキ、どうして手遅れになる前にわたしに言ってくれなかったんだ?」
「御免なさい、貴方に心配を掛けたくなくて・・」
環はそう言うと、ルドルフを見た。
「タマキ、わたしはお前が死んだら生きていけない。」
「ルドルフ様・・」
ルドルフは、環の胸に顔を埋めて暫く泣いた。
「お母様!」
環が自宅で倒れたと聞いて、菊は凛子と共に環の病室へとやって来た。
「菊、病院では静かになさい。」
「ごめんなさい、お母様。お母様、さっきお父様から聞いたけれど、暫く入院するのでしょう?」
「ええ、そうよ。わたしが家を留守にしている間、静さんの言う事をよく聞いて、お勉強頑張りなさいね。」
「はい、お母様。」
菊はその時まだ、環が肺結核に罹っていることを知らなかった。
「お父様、お母様はいつ帰って来るの?」
「それはまだ判らないよ、病院の先生もまだお母様がいつ退院できるのかどうかをお話ししてくださらないからね。」
夕食の後、ルドルフはそう言って菊を誤魔化すと、紅茶を一口飲んだ。
「お母様、今頃どうなさっているのかしら?」
「菊、宿題はやったのかい?やっていないのなら、お父様が見てあげよう。」
「有難う、お父様。」
菊の宿題を見ながら、ルドルフは入院している環の事を想った。
同じ頃環は、夕食を食べた後ベッドの上で菊のハンカチに刺繍を施していた。
「まぁ、まだ起きていらっしゃったのですか?」
「入院してから、何もすることがなくて、夜もなかなか眠れなかったものですから・・」
「夜に針仕事はいけませんよ。今はゆっくりと体を休めてくださいね。」
看護婦はそう言って溜息を吐くと、環の病室から出て行った。
彼女が出て行った後、針箱をしまってベッドに横になった環は、久しぶりに熟睡した。
「タマキ、調子はどうだい?」
「少し良くなりました。昨夜は良く眠れましたし・・」
「今まで忙しく働いてばかりいたからね。きっと神様がお前に休暇を与えたのだと思えばいいさ。」
「そうですね。もうすぐ夏休みでしょう?今年は会津に行きたいのです。」
「会津へ?」
「記憶はなくても、わたしの故郷ですし、一度は行ってみたいと思っていたので、菊と親子三人で旅行にでも行きたいなと思っているのですが、駄目ですか?」
「大丈夫だ、先生の許可はわたしが貰っておくから。」
ルドルフは環の額にキスすると、病室を出て彼の主治医の元へと向かった。
「妻が旅行をしたいと言うのですが、旅行は出来ますか?」
「大丈夫です、今の奥様ならば旅行することは可能でしょう。余り無理をさせずに、こまめに休憩を取らせてくださいね。」
「解りました。」
ルドルフが病院を後にしようとした時、廊下の向こうから大杉弁護士がやって来た。
にほんブログ村