翌朝、総司は大学が休みなので、翌日開催のバザーについて、保護者会に初めて参加した。
「あら、土方さんの旦那さん。」
「おはようございます、小幡さん。妻は急病とかで、参加できなくなりましたので、わたしが代わりに来ました。」
「へぇ、そうなの。大変ねぇ。誠君、こんにちは。」
奈津美はそう言って誠に微笑んだが、彼は警戒して総司の背後に隠れた。
「誠、ご挨拶は?」
「こんにちは、おばさん。」
「すいません、後でちゃんとわたしの方から言い聞かせますから・・」
「い、いえ・・結構よ。」
奈津美はこめかみに青筋を立てながら、総司に背を向けて園内へと入っていった。
「誠、後で小幡さんに謝ろう。」
「ヤダ。あのおばさん、ママに意地悪ばかり言うし、あっくんは北斗や年少の子をいじめてるから、大嫌い。」
息子から、総司はこの時、奈津美親子から歳三が陰口を叩かれていることを初めて知ったのだった。
「それは、本当なの?」
「うん。ここでは話したくないもん。」
「わかった。おうちで話そうね。」
総司は溜息を吐きながら、保護者会がある教室へと入った。
「あら、土方さん。」
数十人居る保護者―多くは母親達の中で、真っ先に総司に声を掛けてきたのは、歳三と親しくしている冬美だった。
「西条さん、こんにちは。」
「歳三さんは?」
「妻は急病で休んでて・・」
「そう、大変ね。歳三さんが勤めている会社、最近忙しいから。それよりも土方さん、後で話せるかしら?」
「ええ、いいですけど・・」
保護者会が終わり、総司と冬美は近くの喫茶店でコーヒーを飲んだ。
「あのね、あなたの奥さん・・小幡さん達から目の敵にされていたのよ。結構サバサバしてる姐御肌で、誰とも群れない一匹狼タイプじゃない?そういうのって、群れるママ友グループからは面白くないみたいで・・」
「そうなんですか。実は、誠から小幡さん達にうちの妻が意地悪されていると言われて・・桂さんのところの北斗君も、小幡さんの子にいじめられてるって・・」
「ああ、敦君?あの子、乱暴者なのよね。小幡さんの御主人、小幡さんに暴力振るってるって噂があってね。敦君もパパに殴られているみたいなの。」
冬美の話を聞き、小幡家の長男・敦が置かれている悲惨な家庭環境が総司には想像できた。
家の中で父親が母親に暴力を振るうのを間近に見ており、自分も父親に暴力を振るわれている敦が、内に溜まった怒りや鬱憤を発散させる為に己よりも弱い者をいじめるのは、彼なりのSOSの出し方なのだ。
「多分、北斗君や年少の子をいじめるのは、SOSかもしれませんね。でも、人をいじめていいわけじゃないし・・」
「そうよねぇ。小幡さん、お姑さんや小姑さんとも上手くいってないようでね、ストレスを敦君にぶつけているみたい。敦君の弟は、まだ赤ちゃんだからねぇ。」
子どもは、洞察力が鋭い。
敦は自分の祖母や叔母に虐げられている母の姿や、自分よりも弟を可愛がる母を見て、行き場のない怒りを小さな身体に溜め込んでいるのだろう。
(何とかしてあげたいけれど、他所の家の問題だから・・)
家庭内暴力(DV)が犯罪として成り立ったのはつい最近の事で、他人である総司が小幡家の実情を警察に訴えても、奈津美が否定すればうやむやにされる。
「今日は付き合ってくれてありがとう、またね。」
「ええ。」
総司は冬美と別れ、誠が遊んでいる公園へと向かうと、砂場の方で小幡家の長男・敦が誠に馬乗りになって首を絞めようとしていた。
「何してるんだ、やめなさい!」
「こいつが生意気言うから懲らしめようとしたんだ!」
そう言った敦は、暴れる誠の脇腹を蹴った。
「やめろと言ってるだろう!」
総司は声を荒くして、敦の頬を殴った。
すると彼は、火がついたかのように激しく泣き出した。
「敦、どうしたの!」
ママ友達と立ち話をしていた奈津美が、血相を変えて総司達の方へと駆け寄ってきた。
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Last updated
Jan 14, 2012 02:02:44 PM
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