椿は、不貞腐れて寝台の上に寝転がっては天井を見ていた。
最近父も母も、自分に対して厳しくなってきたように思えてならなかった。
いずれはこの家を出なければならない身だから、両親がそうするのは当然だと思っているのだが、どうしても母が自分に対して厳しいと感じてしまう。
まだ幼かった頃、母は自分の事を可愛がってくれたし、どんな我が儘でも聞いてくれた。
世の中の母親は皆こうなのだと、椿は勝手に思い込んでいた。
真実を知るまでは。
その日は、兄の総司と母と3人で劇場へと向かった。
子ども向けの劇を鑑賞し、その余韻に浸りながら母と手を繋いで銀座を歩いていると、突然向こうから来た女性に話しかけられた。
「あら、土方さんではないこと。」
「こんにちは。」
「あら、こちらの可愛いお嬢さんは?」
「娘の椿です。椿、ご挨拶なさい。」
「こんにちは、ひじかたつばきです。」
その女性にお辞儀すると、女性は頬を緩めて自分を見た。
「まぁ、可愛らしいこと。血が繋がらない娘さんでも、実の親子に見えるわねぇ。」
女性がそう言った時、母が自分の手を強くひく感覚がした。
「申し訳ございませんが、子ども達と食事をする約束をしておりますの。さぁ、行きますよ。」
「あら、そう。残念ねぇ。」
急に手を引いて歩き出した母の態度に、幼い椿は戸惑っていた。
あの頃はまだ大人達が抱える複雑な事情というものを知らなかったし、それを洞察する力もなかったから、きっと母はあの人とは親しくないのだろうと思っていた。
だが今は、あの女性が自分達親子をどういう目で見ていたのかが解る。
自分と母が血が繋がっていないということも。
実の子ではないから、母は自分に対して厳しく接するのかと、椿は最近思うようになっていた。
実母は椿が物心ついた時からすでに亡く、千尋と血が繋がっていない事を知った椿はショックの余り寝込んでしまった。
だが母も、母なりに自分を愛してくれようとしていたのだ。
(何しているのかしら、わたし・・)
些細な事に怒って、部屋で不貞腐れている暇などないのに。
「椿、入るわよ?」
「どうぞ。」
部屋に母が入ってくる気配がして、椿は寝台から降りた。
「さっきはきつい事を言ってしまってごめんなさい。お父様はね、あなたの事を思って・・」
「もういいわよ。巽と一緒に工場へ行くわ。わたくし甘えていたのよ、今までずっと。」
「そう。辛いのなら戻ってきてもいいのよ。」
「ううん、向こうで暫く頑張ってみるわ。」
数日後、椿は巽とともに三陸の工場へと向かい、そこで牡蠣の収穫を手伝った。
夏が終わり、秋を迎えた東北の朝夕の空気は冷え込んでいて、椿は何度も東京に戻りたいと思っていた。
しかしここで戻っては自分の為にならないと、怠けようとする自分に喝を入れた。
「ただいま。」
「お帰りなさい。向こうは寒かったでしょう?」
「ええ。牡蠣が予定よりも早く収穫出来て皆さん喜んでいたわ。それに向こうに友達が出来たのよ。」
そう言った椿の目は輝いていた。
「あの子も変わりましたわね。」
「ああ。甘やかすよりも一度は冷たく突き放す方が良いかもな。」
歳三はそう言って笑うと、千尋を抱き締めた。
総司が渡米してから4年の歳月が経った夏のある日、彼が突然帰国した。
「お久しぶりです、お父さん。」
「お帰り、総司。」
歳三は笑顔で息子を迎えたが、彼は一人ではなかった。
「紹介します、僕の妻の、アビーです。」
そう言って総司が紹介したのは、お腹の大きい女性だった。
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Last updated
May 26, 2016 02:47:10 PM
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