「随分、やつれましたね。」
「うん、あんまり食べてなかったからね、ここ数日。」
「カレーでも作りますけど、いいですか?」
「何でもいいよ。」
ガブリエルはそう言うと、気だるそうにダイニングテーブルに腰を下ろした。
「じゃぁ、そこで待っていてください。」
袋からにんじんと玉ねぎ、じゃがいもを取り出すと、愛子はそれを水で洗って包丁で皮を剥き、まな板の上で切り始めた。
それらの動作には鮮やかにガブリエルの目には映った。
「君、料理とかするの?」
「ええ。まぁ、うちは母子家庭だったんで、殆ど外食やコンビニ弁当ばかりでしたけどね。でもそういうのも次第に飽きてきて、自分の弁当は自分で拵えるようになりました。」
「そう。色々と苦労してきたんだね、君も。」
「わたしは母子家庭だからって、周りから同情されたり哀れまれたりするのが嫌で、必死に両足で踏ん張ってきて生きてきました。」
愛子はそうガブリエルと話している間にも、水に入れた鍋に火をつけ、肉と野菜を煮込んでいた。
「僕も色々と苦労をしたもんね。皇太子ってだけで、色々と周りからうるさく干渉される。あれをしろ、これをしろと、いちいち僕が何かするたびにうるさく言う女官たちに四六時中まとわりつかれて、嫌気が差したよ。」
ガブリエルは鬱陶しげに前髪をかき上げると、グラスの中に注がれた水を飲んだ。
「まぁ、自由を満喫したのは日本に来てからだね。けれど、今回のことがあって色々と落ち込んだよ。」
「元気出してください。あと少しでご飯出来ますから・・」
愛子は溜息を吐いてカレー皿を食器棚から取り出し、炊き立てのご飯を炊飯器からそれに移し替えた。
「どうですか?」
「美味しいよ。初めてにしては上出来だね。」
「ありがとうございます。」
愛子は照れくさそうにそう言って笑うと、椅子の上に腰を下ろした。
「今日はありがとう。」
「いいえ、こちらこそ上がらせていただいてありがとうございました。またご飯つくりに来てもいいですか?」
「構わないよ。君ならいつでも大歓迎だよ。」
「ありがとうございます。」
愛子はそう言ってガブリエルに頭を下げると、彼の部屋から出て行った。
(良かった、元気出して貰えて・・)
ガブリエルの身におきたことを愛美から聞き、愛子は居ても立っても居られず彼の部屋へと来てしまった。
迷惑な顔をされて追い返されるのかと思ったのだが、彼は意外にも自分を温かく歓迎してくれた。
このまま彼が元気になってくれればいいのだが―愛子はそう思いながらガブリエルのアパートを後にしようとしたとき、突然カメラのフラッシュが光った。
(え、何?)
一体何が起こっているのかわからず、愛子は必死にフラッシュから目を守ろうと、両腕で両目を覆った。
「あなたがガブリエル皇太子様のフィアンセですか?」
「ここにいらしたのは皇太子様を心配されてのことですか?」
マスコミから矢継ぎ早に質問され、何本ものマイクを自分の前に突き出された愛子は、どうすればいいのかわからなくなった。
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