「おい総司、お前ぇ本当に大丈夫なんだろうな?」
「もう大丈夫ですから。それに、僕は総司じゃないですって。」
「済まねぇ・・つい昔の名前で呼んじまった。」
歳介はそう言うと、照れ臭そうに頭を掻いた。
「お父さん、その人誰?」
不意に甲高い声が病室の外から聞こえたかと思うと、総太と歳介の前に興輔がやって来た。
「あの、その子は・・」
「俺の息子の、興輔だ。興輔、こいつは・・」
「もしかして、あなた沖原総太先生ですか?」
「うん、そうだけど・・どうして君、僕を知っているの?」
「だって、一度僕とあなた会ってるんだもん!」
興輔は少し興奮した様子でそう言うと、総太の手を握った。
「これ、覚えてますか!?」
興輔がリュックの中から取り出したのは、一枚の写真だった。
それは、興輔がまだ幼稚園に通っていた頃、彼が一時期習っていた剣道教室が主催したキャンプでの集合写真だった。
そこには、子ども達の指導役としてキャンプに参加していた総太も写っていた。
「思い出した、あの時の・・ちょっと見ない内に、大きくなったね。剣道はまだ続けているの?」
「はい。でも、お母さんは“そんなことしないで勉強なさい。受験まで時間がないんだから”って・・」
「受験?中学受験するの?」
「いいえ、違います・・」
興輔はそう言うと、俯いた。
「あいつはな―佳織は、興輔を東大に入れたがってんだよ。勉強以外のことは無駄だって思ってんだ。」
「そんな・・まだ7歳なのに。」
「興輔、お父さんは先生と話があるから、暫く席を外してくれねぇか?」
「うん、わかった・・」
数分後、興輔が病室から出て行くのを確認すると、歳介は総太の方へと向き直った。
「俺、佳織と離婚しようと思ってるんだ。あいつは、自分さえよければそれでいいと思っている女だ。あいつと結婚して興輔が産まれても、あいつは母親らしいこと何ひとつしないで、自分の理想ばかり興輔に押し付けていやがんだ。夜遅くまで勉強させて、テストの点が悪いとあいつを罵倒して、食事も睡眠も取らせねぇ。」
「酷い・・」
歳介の話を聞きながら、総太の脳裏に学生時代の辛い記憶が甦った。
母・和美は小学校に入学した総太を塾や習い事をさせ、1番しか認めなかった。
勉強で躓いたり、テストの点が悪かったりすると「馬鹿」「アホ」「間抜け」と、汚い言葉で罵倒した。
「俺ぁ、あいつが俺達の顔色を窺ってビクビクしてる姿を見てると、可哀想に思えてくるんだ。あいつを佳織から救えるのは、俺しかいねぇ。」
「土原さん、僕は口出しできる問題じゃないけれど・・僕と母みたいな関係に陥らない為に、興輔君を・・」
「わかってるよ、お前ぇが言いたい事は。離婚するまで暫く時間がかかるだろうが、頑張る。」
「その言葉を聞いて、安心しました。土原さん、もう興輔君と一緒に帰ってください。僕はもう大丈夫ですから。」
「わかった・・余り無理するんじゃねぇぞ。」
「もう、心配性なのは昔からですね!」
「う、うるせぇよ!」
照れ臭そうな顔をしながら、歳介は病室から出て行った。
一方、石秀家では佳織が探偵社から届いた報告書を読んでいた。
「ただいま。」
「お帰りなさい、あなた。」
「佳織、少し話がある、いいか?」
「ええ、いいわよ。丁度わたしも、話があるの。」
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Last updated
2013年08月29日 13時57分42秒
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