イラスト素材提供:十五夜様
「睦、千尋さんよう来たねぇ!お風呂沸いとるから、早く入りなさい!」
「すいません、先にお風呂いただきます。」
千尋達は、睦の実家にある風呂で汗と垢を流した。
「千尋お嬢様、狭いところで申し訳ありません。」
「そんな、謝るのはこちらの方よ。」
夕飯の後、千尋は睦にそう言って彼女に頭を下げた。
「あなた達が苦しいときに、突然押しかけてしてしまって申し訳ないわね。」
「いいえ・・それよりも千尋お嬢様、凛子ちゃん達はどちらに?」
「あの子達なら離れで休んでいるわ。」
「そりゃぁ、今日は汽車の中でずっと立ちっぱなしでしたもの、凛子ちゃん達はかなり疲れていることでしょうね。」
睦が離れの部屋に入ると、そこには仲良く布団を並べて寝ている凛子たちの姿があった。
「睦、あんたに話があるんやけど・・」
母に呼び出され、睦は母屋に戻った。
「話って何ね、母ちゃん?」
「実はねぇ、幹朗たちが今度ここに帰って来るんよ。」
「幹朗兄ちゃんが?東京に居るんやなかと?」
「それがねぇ、向こうも空襲が激しくなって、こっちに帰って来ることにしたって、今日電報が届いたんよ。」
「そう・・」
「あんたの奉公先のお嬢様にも、そう言っておいてくれんかねぇ?」
「わかった。」
離れに戻った睦は、千尋に兄夫婦が東京から疎開してくることを告げた。
「そう、睦っちゃんのお兄様も、こちらにお帰りになられるのね。」
「申し訳ありません、千尋お嬢様。」
「今は何処も危ないのだから、文句は言えないわ。」
週末、睦の兄である幹朗とその妻・陸子が東京から帰ってきた。
「幹朗、よう来たねぇ。」
「ただいま、母ちゃん。離れにお客様が来とると、睦から聞いたけど・・」
「睦の奉公先のお嬢様が、長崎から疎開してきたと。仲良うしてねぇ。」
「わかった・・」
千尋達が幹朗たちと顔を合わせたのは、その日の夜のことだった。
「あんたが、睦の奉公先のお嬢様ね?」
「初めまして、千尋と申します。暫くお世話になります。」
「あんた、長崎で何しとったね?」
「芸者をしておりました。」
「ふぅん、そうね・・」
幹朗はそう言って千尋を品定めするかのような目で見ると、陸子の手をひいて居間から出て行った。
「お嬢様、兄が失礼な態度を取ってしまって・・」
「謝らないで、睦っちゃん。」
「お嬢様、もうお休みになってくださいませ。」
「わかったわ。」
翌朝、千尋が布団の中で微睡んでいると、離れに陸子が入ってきた。
「千尋さん、起きて頂戴。」
「陸子さん、おはようございます。」
「あんた、この家に世話になっとるのやから、家のことを手伝って貰わんとねぇ。」
「あの、わたくしは何をすればよろしいでしょうか?」
「それじゃぁ、あたしと一緒に畑に出てくれんかねぇ。」
「はい・・」
炎天下の畑で慣れない農作業をしていた千尋は、暑さで気を失ってしまった。
「お嬢様、しっかりなさってください。」
「ごめんなさい、迷惑をかけてしまって・・」
「まったく、こんな調子じゃぁ先が思いやられるわ。」
陸子はそう言って布団の中で寝ている千尋を睨むと、離れから出て行った。
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