―なぁ、知ってるか? 昨日、カイゼル家の奥様がお亡くなりになったんだとさ。
―死因は発作を起こしてクローゼットの角に頭をぶつけた事故死だと警察は発表したようだけれど、本当の事はどうなんだか・・
―まぁ、お貴族様のことなんて、庶民の俺らには関係ねぇよな。
市場で買い物をしていたアレックスは、そんな噂話を耳にした後、工房に戻って作業を開始した。
「アレックス、師匠が呼んでいるぞ。」
「わかりました。」
アレックスがユリウスの部屋に向かうと、そこにはカイゼル将軍が来客用のソファに座っていた。
「アレックス、こちらはカイゼル将軍閣下だ。」
「お初にお目にかかります、閣下。アレックスと申します。」
「ユリウス、そなたの一番弟子は大変有能だときいている。その一番弟子に、頼みたいことがあるのだ。」
「わたくしに、頼みたいことでございますか?」
「ああ。知ってのとおり、わたしは妻を亡くしたばかりでな。その妻の形見の宝石類の手入れをしてもらいたいのだが、構わないだろうか?」
「はい、勿論承ります。」
カイゼルの依頼を受けて彼の家にやって来たアレックスは、そこでトムと再び会った。
「どうして家に来たの?」
「旦那様から、奥様の形見の宝石類の手入れをしてくれって頼まれて来た。別にお前の正体を旦那様にバラすつもりないから、心配するな。」
「ふん、どうだか。」
「アレックス様、お待たせいたしました。奥様のお部屋に案内いたします。」
カイゼル家の執事長・トーマスに案内され、アレックスはフェリシアが生前使っていた部屋に入った。
「奥様の宝石類は、あちらの本棚の中にございます。」
「有難うございます。」
「では、わたくしはこれで失礼いたします。」
トーマスが部屋から出た後、アレックスは手袋をはめ、フェリシアの宝石箱の
蓋を開けた。
中にはエメラルドやダイヤモンド、ルビーのネックレスや指輪が入っていた。
それらを丁寧にアレックスが磨いていると、ルビーの指輪の裏に王家の紋章が彫られていることに気づいた。
(これ、前にリンが持っていたブローチの裏に彫られていた紋章と同じ物だな。もしこれが王家の指輪なら、どうしてこれをカイゼル家の奥様が持っていらっしゃったんだ?)
「どうだ、仕事は進んでいるか?」
「はい。旦那様、少しお尋ねしたいことがあります。」
「何だ?」
「この指輪、裏に王家の紋章が彫られていました。この紋章と同じ物を、俺は見たことがあります。」
「もしかしてそれは、リンが今身に着けているブローチの裏に彫られた物なのか?」
「はい。王家の指輪を、何故奥様は持っていらっしゃったのでしょうか?」
「それはわたしにも解らない。」
カイゼルはそう言うと、アレックスの手からルビーの指輪を取り、一枚の封筒にそれを入れた。
「トーマス、この手紙をルシウス殿に届けてくれ。」
「かしこまりました。」
カイゼルが書斎の窓から外を見つめながら物思いに耽っている頃、ルシウスの元にカイゼルから手紙が届いた。
「“妻の形見である指輪を、あなたに贈ります”とだけ書かれてある。よくわからないな。」
ルシウスはそう言いながら封筒を上下さかさまにすると、その中からルビーの指輪が出てきた。
「これは、マリア皇女様の指輪ではなくて?」
「カイゼル将軍閣下に感謝しないとね。これで、凛が本物であることが証明される。」
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