『リーヒデルト、皇太子様とお知り合いなの?』
『ええ、前に一度フロイデナウ競馬場でお会い致しました。』
『随分と盛況ですね、子爵。』
『今夜は愛しいアンネロッテの18歳の誕生日ですからな。盛大に祝いたい気分なのですよ。』
『そうですか。では、わたしからアンネロッテ嬢に素敵なプレゼントをお贈り致しましょう。』
ルドルフがそう言って指を鳴らすと、大広間から華やかな振袖姿の環が現れた。
『あれは、東洋の舞姫・・』
『まさか、こんな所であの方の舞が見られるなんて・・』
環の舞は、たちまち舞踏会の招待客達を魅了した。
『お誕生日おめでとうございます、アンネロッテ様。』
『有難う。あなたの美しい舞がこの目で観られるなんて夢のようだわ。』
アンネロッテはそう言うと、環に抱きついた。
『リーヒデルト殿、少しお話があります。』
『解りました、ではバルコニーの方へ移動いたしましょう。』
ルドルフとリーヒデルトがバルコニーへと移動すると、リーヒデルトはルドルフに対して先ほどとは打って変わって敵意をあからさまにした。
『今夜は我が親愛なる従妹殿の誕生日パーティーに来るのが目的ではないのでしょう?』
『慧眼(けいがん)でいらっしゃるな・・流石、あのハインツが自分の参謀に選んだ男だけのことはある。』
『いつから、わたし達の事に気づいていたのですか?』
『ホーフブルクで初めて会った時から、わたしはお前に妙な違和感を抱いていた。何故突然わたしの前に現れて、わたしに対して有益な情報を提供してくれるのだろうかと、今まであの時の事を考えていた。お前はーいや、お前達は最初からわたしの裏を掻くつもりでわたしに近づいて来たのだな?』
『ご名答です、皇太子様。わたしとハインツは、ある目的で貴方に近づきました。』
『その目的とは何だ?』
『申し訳ありませんが、機密事項なので皇太子様でも申し上げることは出来ません。』
『そうか。ならば、力ずくでもその目的とやらを吐いて貰おうか?』
ルドルフがそう言ってリーヒデルトに銃口を向けた時、大広間の方から悲鳴が聞こえた。
『何だ?』
『・・どうやら、彼らが本格的に動き出したようですね。』
一人バルコニーに残ったリーヒデルトは、そう呟くと口端を上げて笑った。
大広間に突然乱入してきた男達は、皆黒いマントを纏い、宝石を鏤めた美しい仮面を被っていた。
『貴様ら、何者だ!?』
『用があるのはお前ではない、皇太子様だ。』
男達の中から、玲瓏な声を響かせ、長身の黒髪の男がルドルフの前に現れた。
『わたしに何の用だ?』
『ルドルフ皇太子、ハンガリーの為に死んで貰う。』
男は腰に帯びていた日本刀の鯉口を切ると、その刃をルドルフの頭上に振り翳した。
『ルドルフ様、危ない!』
環がルドルフと男との間に割って入り、男の刃が彼の背を切り裂くのを、ルドルフは見た。
『タマキ、大丈夫か?』
『わたしの事はいいから、あの男達を捕まえてください。』
環はそう言ってルドルフに微笑むと、意識を失った。
『タマキ、どうした?』
ルドルフが環を揺さ振ると、彼の背が血で汚れていることに気づいた。
『誰か、医者を呼べ!』
目の前で環が襲われ、大広間は混乱状態に陥った。
『皇太子様、タマキさんをわたくしの部屋に。』
『アンネロッテ嬢、感謝する。折角の誕生パーティーが台無しとなってしまったな。』
『いいえ、そんな事わたくしは気にしていませんわ。それよりも、タマキさんを助ける方が先決ですわ。』
混乱状態の中で、アンネロッテはルドルフを自分の寝室に案内した後、使用人達に清潔なタオルと熱湯を用意するよう指示した。
『お嬢様、お医者様が来られました。』
『先生をお通しして。』
アンネロッテの寝室に入って来たのは、若い男の医師だった。
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