「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。
土方さんが「夜にだけ女になる」という特殊設定です。苦手な方はご注意ください。
この日、近藤勇は山奥の貧しい山村から家族や友人達に盛大に見送られながら、汽車に揺られて王都へと向かった。
そこはまさに、“新世界”そのものだった。
(おっかねぇ、ここが王都か・・)
生まれてから十五年間、長閑な山村の風景しか見ていなかった勇にとってそれはまさに、“未知との遭遇”そのものであった。
道に迷いながら彼が漸く下宿先に辿り着いたのは、その日の夕方の事だった。
朝食を済ませてからは何も食べていなかった彼は、下宿屋の主人から飯が美味しいと評判の酒場を紹介して貰い、そこで美味い飯を食べた後、あの美女と出会ったのだった。
「姉さん、こんな所に居たのか、探したよ!」
男と何やら言い争っている彼女にそう声を掛けると、男は舌打ちして去っていった。
「大丈夫ですか?」
「あぁ・・」
そう言って苦しそうに息を吐いた美女は、勇にしなだれかかって来た。
「え、えぇ!」
彼女が倒れそうだったので、勇は彼女を慌てて抱き留めたが、今まで女性に免疫がなかった彼はそれだけでドキドキしてしまった。
勇は店員に二階の部屋へと案内され、部屋に入って彼女をベッドに寝かせた後、安堵の溜息を吐いた。
(一体これからどうすれば・・)
「う~ん・・」
眉間に深い皺を寄せながら、美女は低く呻いて寝返りを打った。
勇はその夜は一睡も出来なかった。
「ん・・」
カーテンの隙間から射し込む朝日の光を感じて歳三が目を覚ますと、彼は見知らぬ青年が自分の手を握って眠っていた―全裸で。
「うわぁぁ~!」
突然の事で驚いた歳三はそう叫びながら青年の頬を平手で打ったが、彼は一向に起きる気配がなかった。
彼を起こさぬよう、そっと部屋から出た歳三は、そのまま酒場を後にした。
誰にも気づかれぬよう彼が足早に神学校の裏口から中へと入ると、丁度朝を告げる鐘の音が遠くから聞こえた。
(ヤベェ、急がねぇと!)
歳三は自分の部屋に入ると、素早く外套を脱いでそれをクローゼットの中にしまった後、洗面所で顔を洗った。
「トシゾウ、トシゾウ!」
「は~い、ただいま!」
ドアが激しくノックされ、歳三が慌てて部屋から出ると、廊下には少し慌てた様子のユリウスの姿があった。
「修練士長様、どうかなさいましたか?」
「トシゾウ、今から院長室へ行きなさい!」
「は、はい・・」
訳がわからぬまま、歳三がユリウスと共に院長室へと向かうと、そこには渋面を浮かべた院長・ヨハネスの姿があった。
「院長様、トシゾウを連れて参りました。」
「そうか。ご苦労、君はもう下がっても良い。」
「はい・・」
「あの・・」
「トシゾウ、今朝ユリウスが君の部屋でこんな物を見つけたそうだ。」
「はぁ・・」
ヨハネスがそう言って歳三に見せたものは、あの白貂のケープだった。
「君はこの紋章が何なのか知っているな?」
「いいえ。聖母マリア様の白百合の紋章だと・・」
「これは、我が国の紋章なのだ・・」
「そんな・・」
歳三はケープに刺繍された紋章の意味を知っていたが、ヨハネスの前では敢えて知らない振りをした。
「そうか・・」
「あの、それが何か?」
「急な話だが、今夜君はわたしと王宮へ行く事になった。」
「それは、どうして・・」
「理由は後で話す。」
(一体、どういう事なんだ?)
図書館でラテン語の復習をしながら、歳三は朝の院長室でのやり取りを思い出していたら、ある重要な事に気づいた。
“今夜、君はわたしと王宮に・・”
(待て、今かなりヤバいんじゃないか、俺?昨夜、“女”になっただろ?ってことは、“それ”が今夜も・・)
「かなり、不味いな・・」
「何が、不味いのですか?」
「うわぁ!」
「図書館では静粛に。」
「すいません。」
「君は確か、ヨハネス様の秘蔵っ子だね?」
「は?」
歳三がそう言って振り向くと、そこには修練士のアントニオが立っていた。
温厚な性格のユリウスとは対照的に、アントニオは陰険で貴族出身の者達を贔屓するので、余り生徒達からは好かれていなかった。
そんな彼が自分に声を掛けて来たので、歳三は思わず身構えてしまった。
「な、なんでしょうか?」
「ふふ、そんなに怯えないでくれ。取って食ったりはしないから。」
アントニオは何処か湿り気のある口調でそう言うと、そっと歳三の肩に触れた。
「あの、俺に何か?」
「余りヨハネス様から気に入られているからって、調子に乗ってはいけないよ。」
(おっかねぇ人だな・・)
歳三はそう思いながら、黙々と羽根ペンを動かした。
「なぁ、聞いたか・・」
「あぁ・・」
「ヴェネチア通りでまた殺しがあったんだろう?」
「娼婦か・・」
「どうせ痴情のもつれか何かだろう?」
「まぁ、俺達には関係のない事さ。」
「そうだな。」
(ヴェネチア通りか・・そういや、あいつは今どうしているんだろうな?)
「勇さん、何してんだい!」
「す、すいません!」
「ボーッとして貰っちゃ困るよ、忙しいんだから!」
「はい!」
勇は厨房で忙しくパンを焼きながらも、昨夜酒場で会った美女の事が忘れられずにいた。
正午を告げる鐘の音が聞こえ、アリシアは刺繍をする手を止めた。
「アリシア様、お食事をお持ち致しました。」
「ありがとう。」
アリシアはそう言うと、昼食のカスクートを頬張った。
「美味しいわね!どこの店のものなのかしら?」
「何でも、“ルイージの店”のカスクートだそうですよ。あそこは王都で一番人気の店だとか。」
「へぇ、そうなの。一度、行ってみたいものだわ。」
「えぇ、そうですわね。」
「まぁ、何やら楽しそうな声が聞こえて来たと思ったら、こんな所に居たのね、アリシア。」
「王妃様。侍女が王都で一番美味しいカスクートを差し入れて下さったのです。ご一緒にいかがです?」
「えぇ、そうね。頂くわ。」
エリスはそう言うと、アリシアと共に朝食を取った。
「美味しいわね、このカスクート。」
「“ルイージの店”のカスクートですって。一度、皆さんをお誘いしてお腹一杯カスクートを頂きたいですわね。」
「えぇ、そうですわね。」
「アリシア、あなたは時折面白い事を言うのね?」
「あら、そうですか?」
「さてと、おしゃべりはこれ位にして、作業を再開しましょうか?」
「はい。」
アリシア達が楽しくおしゃべりしながら刺繍を楽しんでいると、そこへグレゴリーがやって来た。
「あらグレゴリー、珍しいわね、こちらにいらっしゃるなんて。」
「おや、君達の優雅なランチタイムを邪魔してしまったかな?」
「いいえ、そんな事ないわ。」
「一体何を作っているんだい?」
「タペストリーよ。わたくし達の新居に飾るものなの。王妃様も手伝って下さって・・」
「完成が楽しみだな。」
「でしょう?」
「まぁ、お二人の仲の良さに嫉妬してしまいますわ。」
「あんなご様子だと、家族がもう一人増えるのも時間の問題かもしれませんわね、王妃様?」
「えぇ、そうね・・」
エリスは、今この上なく幸せだった。
「王妃様、陛下がお呼びです。」
「わかったわ。ではアリシア、また後で。」
「はい、王妃様。」
アリシアはそう言って笑顔でエリスを見送ったが、彼女の姿が見えなくなった途端舌打ちして婚約者の方を見た。
にほんブログ村