表紙素材は、
装丁カフェからお借りしました。
「火宵の月」の二次創作小説です。
作者様・出版社様とは一切関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。
火月は、幸せな頃の夢を見ていた。
“先生!”
自分よりも年上で、博識な有匡の事を、火月はいつしか“先生”と呼ぶようになった。
二人はいつも一緒に居た。
“ねぇ先生、おとなになったら、けっこんしてくれる?”
“あぁ、約束だ!”
“やくそくね!”
それは、子供の頃に交わした、他愛のない約束だった。
平和で穏やかな日々は、戦争によって突然終わりを告げた。
火月は、家族と共に安全な国外へと避難する事となった。
“戦争になったら、会えなくなるの?”
そう言って不安がる火月に、有匡はこんな言葉を掛けてくれた。
“大丈夫、また会えるよ。”
有匡は、火月に紅玉の耳飾りを贈った。
“ありがとう、大切にするね。”
それから、二人は離れ離れになった。
有匡は、戦争で名将軍と謳われた父・有仁を亡くし、敵国の捕虜となった。
捕虜となった有匡を待っていたものは、生き地獄そのものだった。
毎日長時間、薄暗く狭い炭鉱で働かされ、粗末な食事を与えられる日々。
少しでも反抗しようものなら、暴力が待っていた。
(生き抜いてやる、何としてでも!)
成長した有匡は猛勉強の末に士官学校に入学し、首席で卒業し、幹部候補生の一人となった。
血統と家柄を重んじるラグナス皇国軍の中で、戦災孤児の有匡が大佐となったのは、ごく稀な事だった。
周囲からは、憧憬と嫉妬、そして畏怖の目で見られた。
捕虜だった頃の忌まわしい記憶は、有匡の記憶を大きく傷つけた。
その所為か、有匡は余り人と関わらないようにしていた。
いつしか、彼は“人嫌いの策士”と噂されるようになった。
だがそんな彼にも、一番大切にしているものがあった。
それは―
「起きろ。」
「ん・・」
火月が目を開けると、そこには長年おもいつづけていた有匡の姿があった。
「先生・・」
「火月、久し振りだな。」
「ここは、何処ですか?」
「ここは、ラグナス皇国軍本部だ。お前には、暫くここでわたしと暮らして貰う。」
「えっ・・」
「何をそんなに驚く事がある?お前は敵の捕虜となったのだから、当然だろう?」
「捕虜・・」
有匡の言葉を聞いた途端、火月の脳裏にあの音楽祭で起きた惨劇の光景がよみがえって来た。
「あの人達は・・」
「皆、死んだ。わたしが殺した。」
「どうして・・」
「戦争に理由などない。あるのは無限に続く悲しみと憎しみの連鎖だけだ。」
有匡はそう言うと、恐怖に震えている火月を見た。
「安心しろ、お前だけは、わたしが絶対に守ってやる。」
「本当に?」
「あぁ、本当だ。」
火月を抱き締めたい衝動に駆られたが、有匡はそれを堪えて彼女の部屋から出て行った。
「大佐、こちらにおられましたか。」
有匡が火月の部屋から出ると、彼を見つけ、一人の青年が彼の元へと駆け寄って来た。
「アレクシス、どうした?何か問題でも起きたのか?」
「いいえ、何も問題はありません。ただ・・」
「その顔だと、また誰かがわたしの事を色々と噂をしているのだろう。全く、暇な連中だ。」
有匡はそう言って部下を見ると、彼が両腕に抱えている手紙の束に気づいた。
「それは?」
「あ~、これは・・」
部下の戸惑った様子を見た有匡は、彼から手紙の束を受け取った。
それは案の定、自分宛の恋文だった。
「これはわたしが全て処分しておくから、お前は仕事に戻れ。」
「は、はい!」
廊下を走ってゆく部下を見送ると、有匡は手紙の束を抱えながら執務室へと入った。
中は外と同じように寒かったので、有匡は手紙の束を暖炉にくべた後、執務机の上に置かれている未決済の書類の山を見て溜息を吐いた。
「これでよし、と・・」
書類の山を半分片づけた有匡が溜息を吐いていると、執務室のドアが荒々しく何者かにノックされた。
「アリマサ、居るか?」
「そのようにノックしなくても、居りますよ。」
有匡がそう言って執務室で書類仕事をしていると、そこへ有匡の上司であるフランク将軍が入って来た。
「これは何だ!?」
「何だ、とは?」
フランク将軍が有匡に見せたのは、一枚の写真だった。
そこには、有匡が火月を横抱きにしている姿が映っていた。
「この金髪の娘は、あの歌姫ではないか!一体この娘とお前はどんな関係があるのだ!?」
「彼女とは、ただの幼馴染です。それ以上でも、それ以下でもありません。」
「それで、今その娘は何処に居るのだ!?」
「それは、たとえ閣下であってもお教えする事は出来ません。」
「相変わらず、食えない奴だな!とにかく、我が国とエーリシアとの関係は良好とはいえん。いいか、おかしな真似をするなよ、いいな!」
「わかりました。」
(うるさいジジイだ・・)
フランク将軍が執務室から去った後、有匡は溜息を吐いて書類仕事を再開した。
同じ頃、火月は部屋から抜け出し、ラグナス皇軍本部の内部を散策していた。
(ここは・・何処?)
広大で複雑に入り組んだ建物の中を歩いている内に、火月は迷子になってしまった。
部屋に戻ろうにも、何処をどう行けばいいのかわからない。
(どうしよう・・)
「もし、そこのお嬢さん、何かお困りのようですね?」
困り果てた火月の前に現れたのは、銀髪紅眼の青年だった。
「あの、部屋に戻りたいのですが、どう戻ればいいのかわからなくて・・」
「では、わたしがあなたの部屋まで案内しましょう。」
「え、いいんですか!?」
「困っている淑女(レディ)を助けるのは、紳士の仕事ですから。」
そう言った青年は、優しく火月に微笑んだ。
「火月、こんな所に居たのか!」
「先、先生・・」
二人の背後から氷のような冷たい声が聞こえ、彼らが振り向くと、そこには眉間に皺を寄せた有匡が立っていた。
「殿下、このような所にいらっしゃるとはお珍しい。」
「いやいや、偶には現場に出てみないとわからない事があるからね。」
青年と有匡の間に、ピリピリとした空気が流れている事に火月は気づいた。
(何だろう?)
「こちらの淑女とは、知り合いかい?」
「はい、わたしの大切な客人です。」
有匡は少し苛立った様子で火月を青年から引き離すかのように、自分の方へと抱き寄せた。
「おや、こんな時間だ。アリマサ、またね。」
「ええ・・」
青年は去り際、火月にウィンクした。
「先生、ごめんなさい。」
「ここが敵地だという事を忘れるな。」
「はい。あの、さっき僕を助けてくれた人は、先生のお知り合いなのですか?」
「知り合いではない。あの方は、この国の皇太子様だ。」
「え、えぇ~!」
「そんなに驚く事はないだろう。あの方はいつも“銀の塔”にいらっしゃるから・・」
「“銀の塔”?」
「王族のみが住む事を許された場所だ。火月、あの方には余り近づかぬ方がいい。」
「え、どうして?」
「どうしても、だ。今お前の身分を知っているのは、わたしと、軍の上層部の者だけだ。今、お前の国とこの国との関係が悪いのは、お前も知っているだろう?」
「はい・・」
「むやみに出歩くな。わたしが留守にしている間、お前に何かあったら・・」
有匡はそう言うと、火月を見つめた。
「部屋まで送ろう。」
「ありがとう、ございます・・」
(何だったんだろう、“あれ”は・・)
部屋に送り届けてくれた際に有匡が一瞬見せた、自分に向けてくれた笑顔の意味を知りたくて、火月はその日の夜、一睡も出来なかった。
「今日はいつになくご機嫌ですね、サーシャ様。何か良い事でもありましたか?」
「あぁ。今日皇国軍の本部に行ったら、天使に会えたんだ。」
「天使、でございますか?」
「金色の髪に、わたしと同じ紅い瞳をした美しい娘だったよ。何処かで会ったような気がする。」
ラグナス皇国皇太子・アレクサンドルは、温かい浴槽にその身を沈めながら、自分を睨んでいた黒髪の美丈夫の事を思い出していた。
彼とは、士官学校時代に何度か会った事があったが、余り親しくなかった。
「サーシャ様、どうかなさいましたか?」
「いいや、少し疲れていてね。君達はもう下がっていいよ。」
「わかりました・・」
執事官達が自室から出て行った後、アレクサンドルは浴室から出ると、素肌の上にガウンを羽織り、冷たい夜風が吹くバルコニーへと出た。
(これから、楽しくなりそうだ・・)
翌朝、火月が寝返りを打ちながら大きな欠伸をしていると、誰かが部屋の扉を激しくノックした。
(誰?)
火月が恐怖で固まっていると、誰かが部屋の前から遠ざかってゆく足音が聞こえた。
「なぁ、本当に居るのか、大佐の愛人?」
「居るに決まってるって!だって俺、見たんだ、この前・・」
「お前達、そこで何をしている?」
火月の部屋の前で騒いでいる兵士達に有匡がそう声を掛けると、彼らはまるで蜘蛛の子を散らすかのようにその場から逃げていった。
(全く、人の噂というものは恐ろしいな・・)
有匡がそんな事を思いながら溜息を吐いていると、部屋の中から大きな物音がした。
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