「ただいま。」
「お帰りなさいませ、セーラ様。セイタ様とはゆっくりとお話が出来ましたか?」
「ああ。途中で嫌な奴に会ったがな。」
「嫌な奴?」
「お前も何度か会っているだろう?鷹城溪檎。今は実家が没落して警察を辞めて、民間企業で働いているそうだ。」
「ほう、随分と落ちたものですねぇ。」
そう言ったリヒャルトの口端は、どこか嬉しそうに上がっていた。
「嬉しそうだな、リヒャルト?」
「セーラ様の敵は、わたしの敵でもありますから。」
「全く、お前はとんでもない男だよ。」
そう言ってクスクスと笑いながらソファに腰を下ろしたセーラの右手の人差し指には、母である皇妃・アンジェリカから贈られた指輪が光っていた。
「皇妃様から、先程お電話がありました。」
「母上は何と?」
「どうやらあのパーティーで起きた騒動のことが皇妃様のお耳に入ったようで、しきりにセーラ様の身を案じておられました。心配は要りませんと申し上げておきました。」
「そうか。なぁリヒャルト、俺は未だに母上や父上のことがどうしても思い出せないんだ。」
「陛下と皇妃様は、その事でセーラ様をお責めになったりはしておりません。」
「そうか・・俺はつくづく親不孝な娘だな。お前と結婚して2年半にもなるのに、未だに父上達に孫を抱かせてあげられないんだから・・」
「自然に任せればよいのです。ストレスは不妊の大敵だと先生もおっしゃられておりますし・・」
「余り焦るな、か・・俺達がそう思っていても、周りはなぁ・・」
「セーラ様・・」
溜息を吐く妻の横顔を見ながら、リヒャルトは自分達に子どもが出来ないのは皇妃の血筋の所為だという、口さがない噂を流す連中に対して腹が立って仕方がなかった。
セーラの母、アンジェリカも、子宝が授からずに宮廷内で肩身の狭い思いをした。
その娘であるセーラも、貴族達の悪意ある噂を聞き、密かに傷ついているのかと思うと、彼女に慰めの言葉を掛けるしかなかった。
「もし子どもが出来なくても、夫婦だけで仲良く暮らせば良いではありませんか?世間にはそういったご夫婦が、沢山居られます。」
「そうか?だが彼らは・・」
「口さがない噂をばら撒く連中には好きに言わせておけばよいのです。わたし達は、悪い事などなにひとつしていないのですから。」
「そうだな・・」
セーラはそう言うと、リヒャルトに微笑んだ。
「日下部さん、おはようございます!」
「おはよう、山下。明日でお前の仕事も終わりだな。」
「そうですね。長いようで短かった二週間でした。」
翌朝、知幸はそう言って日下部を見た後、溜息を吐いた。
「どうした?」
「いや・・1年半前は、セーラと一緒に仕事が終わると屋台のラーメン食ったり、行きつけの洋食屋で飯食いながら愚痴とか言い合っていたのに、何だか急に遠い存在になったなぁって思って・・」
「だがセーラ様は、お前に対して普通に接していただろう?友人だからといって特別扱いもせず、公私混同することもなかった。身分が違っていても、セーラ様の性格は少し変わっていないと思うよ。」
「日下部さん・・まさかセーラに惚れましたか?」
「は!?」
「いやぁ~、まさか日下部さんが人妻に興味があるだなんて知らなかった・・」
「オイ、変な想像をするな!」
「随分と仲良くなりましたね、二人とも。」
廊下で騒いでいる日下部と知幸の姿を見たリヒャルトは、そう言うと彼らに微笑んだ。
にほんブログ村