「皆さん、今度の週末に家でパーティーを開こうと思っているのですけれど、もしよろしければいらしてくださいな。」
「まぁ、是非ご出席させて頂きますわ。」
「環様が主催なさるパーティーですもの、さぞや素敵なパーティーになるのでしょうね。」
母親達の言葉に、環は何処か彼女達に試されているのではないのかと感じていた。
菊が小学校に入学し、彼女達と付き合いを始めてからまだ日が浅いものの、専業主婦である彼女達は、夫婦共働きで充実した毎日を過ごしている自分に対して内心嫉妬していることくらい、環は薄々気づいていた。
「ええ。凛子様、わたし一人では準備が満足に出来ないから、もしよかったら手伝ってくださらない事?」
「まぁ、わたしが環様のお手伝いなどしても宜しいのかしら?」
「いいに決まっているじゃないの。」
突然環から名指しされ、凛子は戸惑いながらもパーティーの準備をすることになった。
「あら、こんな時間だわ。わたくし達、これで失礼いたしますわ。」
「皆様、ご機嫌よう。」
レストランの前で母親達と別れた環は、溜息を吐きながら帰宅した。
「どうした、溜息なんか吐いて?」
「さっき保護者会の延長で、親しくなったお母様達と昼食をしたんですけれど、いつまで経ってもあんな集まりには慣れません。まるで、密かに値踏みされているような気がしてならないのです。」
ソファに腰を下ろした環が、そう言って昼食会の事をルドルフに愚痴ると、彼はクスクスと笑った。
「女という生き物は、密かに互いを値踏みし合い、格付けし合うものだからな。自分だけではなく、相手の夫の職業や収入、子供の進学先などで色々と自分よりも格上、格下と認定するらしい。」
「外の世界も、宮廷と変わりないものですね。宮廷の方が、こちらの世界の方よりも恐ろしいですけれど。」
長年言葉も文化も違う、異国の宮廷で勤めて来た環の言葉を聞いたルドルフは苦笑した。
「初めて会った時は始終他人の視線に怯え、まるで幼子のようにわたしの傍をついて離れなかったお前が、そのような事を言えるまでに成長したとは・・」
「あの頃はまだ10代の多感な時期に異国に渡って不安ばかりでしたから、ルドルフ様に少し甘えていたところがあったんです。」
「そうか。お前と出逢って、わたしも少しは丸くなったかな?」
ルドルフは読んでいた本から顔を上げて環の方を見ると、彼は肩を震わせて笑っていた。
「何かおかしなことを言ったか?」
「いいえ・・それよりも、孝君が9月に菊が通う小学校に編入する事になったそうで、凛子様が保護者会に挨拶にいらしていました。」
「そうか。孝君が学校に行くと言い出したのかな?」
「さぁ、それは凛子様にお聞きしないと解りません。今週末のパーティーの手伝いを凛子様にして貰うことになりましたので、その時に聞いてみます。」
「パーティーの準備なら、わたしも手伝おう。」
「有難うございます。」
「東京でのドレスの発表会に、お前のドレスも出すんだろう?余り無理をするなよ。」
「はい。」
一方、神谷家では凛子と眞一郎、孝が食卓を囲んで夕食を取っていた。
「孝、どうして急に学校に行きたいなんて言い出したの?」
「家の中は退屈で仕方がないもの。それに、菊と毎日学校に行けば会えるし・・」
「そう。貴方がそんなことを言うなんて、初めてね。」
凛子はそう言うと、孝が神谷家に来た頃の事を思い出した。
実父・信孝から酷い虐待を受け、蔵の中に監禁されて育った孝は、凛子や眞一郎のベッドに毎晩忍び込んでは、おねしょをしたり、二人の気を引こうと火遊びをしたりしていた。
その度に二人は孝の事を叱り、彼が悪夢を見て魘(うな)された夜は交代で彼の小さな身体を彼が眠るまで抱き締めたりしていた。
「お母様、僕、学校で友達が出来るかな?」
「出来るわよ。そうだ、明日環様のお宅に伺うのだけれど、貴方も一緒に来ない?」
「行くよ。」
翌日、凛子が孝を連れて長谷川家を訪れると、居間には菊が友人達と人形遊びをしていた。
「凛子様、ご機嫌よう。」
「菊ちゃん、御機嫌よう。お友達と遊んでいる最中にお邪魔してしまって悪いわね。」
「お母様なら、裁縫室にいらっしゃいますわ。」
にほんブログ村