土方さんが両性具有です、苦手な方はお読みにならないでください。
真紀は祇園の茶屋で桂と別れると、世話になっている置屋「久蔵」へと向かった。
「真紀ちゃん、お帰りやす。」
「ただいま帰りました。」
「桂はんとは会えたん?」
「へぇ、おかあさん、うちは部屋で休みます。」
「今夜は立て続けにお座敷が入ったさかい、疲れたやろ。」
女将・久にねぎらいの言葉を掛けられた後、真紀は舞妓姿のまま自分の部屋へと向かった。
白粉を塗った顔を懐紙で丁寧に拭い、化粧を落とした真紀は、鏡台の前で溜息を吐いた。
いつまで、こんな生活を続けなければならないのだろう。
新選組への潜入作業に加え、真紀はこの置屋で桂と連絡を取る為に舞妓として暮らしていた。
置屋での生活は、否応なしに廓での苦い記憶を想起させた。
桂と出会う前の、絶望と闇に満ちたあの日々は、真紀にとっては悪夢以外の何物でもなかった。
左腕の古傷が、ヒリヒリと痛んだ。
―全く、あんな男の子を孕んで、こっちに押し付けて死んぢまうなんて、とんだ疫病神だよ、お前の母親は!
廓での生活が嫌で、真紀は何度も足抜けしてはその都度連れ戻され、女将から激しい折檻を受けた。
―お前など、生まれてくるんじゃなかったよ!
女将はいつも、真紀に対して憎悪と怨嗟の言葉をぶつけた。
真紀は只管、女将の折檻に耐えるしかなかった。
そんなある日、真紀が三味線の稽古をしていると、偶々(たまたま)そこへ通りかかった女将は、左利きの真紀が撥(ばち)を左手で持っている事に激昂した。
そして彼女は、熱した火箸を真紀の左腕に押し当てた。
真紀の悲鳴を聞いていた楼主がすぐさま医者を呼んで手当てをさせたが、真紀の左腕には醜い痕が残った。
真紀はもうこれ以上廓に居たら女将に殺されてしまうと思い、楼主が留守の夜を狙って眠り薬入りの酒を女将に飲ませ、彼女の部屋に火をつけた。
遠くで紅蓮の炎に包まれる廓を見ながら、真紀は漸く自由になれた気がした。
飢えをしのぐためなら何でもやった。
そんなその日暮らしを送っていた中で、真紀は桂と出会ったのだった。
“わたしの元へ来なさい。”
そう言って自分に救いの手を差し伸べてくれた桂の手を、真紀は迷いなく掴んだ。
(俺は、桂さんの為なら何でも出来る。)
真紀と別れた桂は、その足で定宿「いさき屋」へと向かった。
「桂様、才谷様がお見えです。」
「そうか。」
桂が奥の部屋へと向かうと、そこには一足先に晩酌をしている才谷梅太郎こと坂本龍馬の姿があった。
「桂さん、久しぶりじゃのう!」
「坂本君、元気そうで良かった。」
「真紀は元気にしとるかえ?」
「あぁ、元気にしている。まさか、君が京に居るなんて思いもしなかったよ。」
「ほうかえ?」
「・・それで、こうして君がわたしに会いに来たのは、何か提案があるのだろう?」
「鋭いのぉ・・」
「話によっては、聞いてあげようか?」
桂はそう言うと、渇いた喉を潤す為、猪口に注がれた酒を飲んだ。
「このままやと、わたしはいかんと思うんじゃ。」
「何がだい?」
「このまま長州と薩摩がいがみ合うても、西洋の列強諸国から狙われるだけぜよ。長崎でわたしは日本ちゅう国が西洋から奇妙に見られちゅう事がようわかったぜよ。」
「それで?」
「わしゃぁ、薩摩と長州が手を組んだらええと思っちゅう・・」
「それは、出来ないな。」
「桂さん・・」
「久しぶりに会えて、どんな話を聞けるのかと思ったら、無駄だったな。」
「桂さん、わしはおまんに会いに来たがは、それだけではないがじゃ。」
龍馬はそう言うと、懐から一通の文を取り出した。
「それは?」
「真紀に絶対に渡してくれと、あいりから頼まれたんじゃ。」
「あいり・・長崎で見かけた娘か。」
「桂さん、わしゃぁ真紀を自分の弟のように思っとる。だから、真紀を大事にしてくれんかのう?」
「・・君にそう言われなくても、真紀は大事にするさ。」
桂はそう言うと、あいりの文を龍馬から受け取った。
「そいじゃ、わしはこれで失礼するぜよ。」
「ああ。」
桂は龍馬が部屋から出て行った後、溜息を吐いた。
(あの男は、一体何を考えているのかがわからないな・・)
ひょうひょうとしていて、風のようにとらえようがない男。
そんな彼が、何故真紀の事が気になっているのかがわからなかった。
それに―
(宿敵である薩摩と手を組めだと!?坂本は一体何を考えているのかわからん!)
桂が龍馬の言動に混乱している頃、あいりは龍馬の帰りを宿の玄関先で待っていた。
「おうあいり、わざわざ起きて待ってくれたんかえ!?」
「坂本様が心配で・・京は最近物騒やと聞いたので・・」
「確かに、最近の京は何かと騒がしいのう。あいり、桂さんにはちゃんとおまんの文を渡しに来たぜよ。」
「おおきに。」
「おまんは、いつも真紀の事を心配しちゅうが、さてはあいつに惚れたかえ?」
「そないな事・・」
あいりはそう言って頬を赤く染めたが、龍馬はその反応を見て笑った。
「おまんは真紀とは赤の他人でも、実の兄妹のように仲がええのう。羨ましい限りじゃ。」
「それなら、坂本様と兄上の仲がうちには羨ましいと思うてます。何や女のうちにはわからへん、男同士の絆いうもんを感じるんどす。」
「そうかえ。」
「兄上、元気にしているとええんどすけど・・」
「わしもそう思っとる。まぁ、便りがないがは元気の証拠じゃ!」
龍馬はそう言うと、あいりの背を強く叩いた。
「大丈夫じゃ、何も心配はいらん!」
「へぇ。」
(何だか、胸が何故か苦しいのは、嫌な予感がするからやろうか?)
「土方さん、総司です。」
「入れ。」
「僕達が祇園で見かけたあの舞妓、百合乃っていうんですって。」
「それがどうした?」
「その百合乃の馴染みは、あの桂小五郎だそうですよ。」
「へぇ・・」
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